男性にとって「つきあう」とか「本命の彼女」の定義とは?

男性にとって「つきあう」とか「本命の彼女」の定義とは?

「彼とは『つきあおう』という言葉もなく、一緒にご飯に行ってお泊りする、という状況が続いています。


クリスマスや誕生日に一緒にいたり、相談にのってくれたりもしますが、こういうのって、つきあっていると言えるのでしょうか?」


今回はこのご相談にお答えしたいと思います。



 


■つきあうというのは、一緒にご飯を食べて寝ることです


よく言われる「女は愛を言葉で確認したがる」という典型的なご相談ですよね。


「つきあおう」という言葉がなくとも、つきあっているつもりになっている彼と、どこかでけじめをつけるかのように「つきあって」という言葉を聞きたがっている彼女、といったところでしょうか。


男性脳と女性脳のちがいについては、脳科学者等にその説明をお任せするとして……さて、つきあうというのは、一緒にご飯を食べて寝ることです。


少なくとも20歳を過ぎたらこれが「つきあう」の定義です。だからあなたがたは、すでにつきあっています。


が、つきあっている状況に置かれているにもかかわらず、「つきあうってなに?」と、あなたは感じてしまう。


そういうモヤモヤした気持ちに対して、「つきあう」を再定義するなら、つきあうって、「友だち」と同じ定義です。


つまり友だちって、自分が相手のことを友だちだと思えば、友だちでしょう? 自分が友だちだと思っている相手に、「ねえねえ、あなたはわたしのことを友だちだと思ってる?」なんて、ふつうは聞かないですよね?


つきあうというのも、それと同じです。あなたが彼のことを恋人だと思えば、あなたにとって彼は恋人です。彼があなたのことをどう思っているか、なんて、まったく関係のないことです。友だちと同じことだから。


 


■恋人と友だちはちがう?


「恋人と友だちはちがう」と主張する人もいるはずなので、さらに言うなら「つきあう」とは、「あなたが彼になにかをしてあげたいと思えるかどうか」です。


あなたは友だちになにかをしてあげたいと、素直に純粋に思えるでしょう? それと同じで、あなたが彼に対してなにかをしてあげたいと思えば、それが恋人なわけです。


この場合も、彼があなたになにかをしてあげたいと思っているかどうか、というのは、まったく問題ではありません。


 


■先にパンツを脱いじゃう人が多いからでしょうか?


つまり愛とか恋とか、あるいは恋人関係というのは、常に自分から相手に発する一方通行の感情の流れのことを言います。


「彼になにかをしてあげたい」「今日も彼が無事であってほしい」「明日も彼の笑顔を見たい」こういう、こころもちを維持できている状況を「つきあっている」と言います。


だからたとえば、告白もなしに、先にハダカになってしまったら、うまくいくものもうまくいかなくなるのです。


カラダは結ばれたけど、心がカラダについていかないからです。つまり、「彼になにかをしてあげたい」「今日も彼が無事であってほしい」というような、地球上でもっともピュアな思いって、あるていど時間が経たないと、心のなかで熟成されないのです。


一瞬燃え上がって、熟成されたように見えても、じつは中のほうまで火が通っていなかった、ということなんです。


先にパンツを脱いじゃう人が多いからか、ネット上に「つきあうって、どういうことですか?」という質問が散見されます。


「つきあう」を、言葉を尽くして説明するというのは、本来は野暮というものです。野暮な時代になったということなのでしょうか。


 


(ひとみしょう/愛カツライター)


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