男にとって「女性の嫉妬」ほど面倒くさいものはない

男にとって「女性の嫉妬」ほど面倒くさいものはない

昨日はどこで誰と会っていたの? 何時に帰ったの? どうしてわたしにおやすみメールをくれなかったの?

こんな質問を彼にしていると、そのうちフラれまっせ! というお話をしたいと思います。



男のホンネ


昨日はどこで誰と会っていたの? 何時に帰ったの?


この質問をうっとうしいと思わない男のほうが少ないでしょう。


要するに嫉妬の感情ですよね。


わたしという彼女がいるにもかかわらず、彼はどこでどんな女と会っていたのだろう? というような嫉妬ですよね。


嫉妬する女性に対し、男は、基本的には自由でいたい、束縛されたくない、でもなにか不安だから堂々と「おれが帰る港」でいてほしいと思っていたりします。


 


演歌の構造・嫉妬の構造


こういう男の感情を「男の身勝手」と読むから、この世の中、ずっと「勝手な男」と「それをおとなしく待つ女」という、ごくシンプルな構図が生まれて、それが演歌になった……ということではないでしょうか。


そこには、待たせるほうが悪いとか、待っているほうが偉いとか、そういう「待つ」ことに関する偏見があるように思います。


 


待つほうが本当に偉いのか?


待つほうが本当に偉いと、言い切れますか? あなたはどう思いますか?


だれだって、相手を待たせてしまうことがあるでしょう。待たせるほうは、やむにやまれぬ事情があるから、待たせてしまうわけですよね?


恋愛になぞらえて言えば、男は、ほんのちょっとした息抜きをしないと、生きていることが息苦しいから(やむにやまれぬ事情があるから)、彼女ではないほかのだれかとご飯に行っている……それを昨日はどこで誰と会っていたの? 何時に帰ったの? と言われたのではたまったものではない、ほかの女に嫉妬されたところで、おれはその女子のことが本命の彼女ほど好きではないから、同列に解釈しないでもらいたい……男の気持ちって、おそらくこういうものでしょう。


 


嫉妬をする前に


嫉妬をする前に、相手の事情を考える。


カップルで男女お互いに、こういうクセをつけてみると、案外、彼を自由に泳がせていても、彼はあなたという港に素直に帰ってくるのではないでしょうか。


源氏物語などの平安文学は、嫉妬という感情をどう自己処理するべきか? というテーマも併せ持っていると言われているようです。


つまり教養のある人は、嫉妬という醜い感情を自己処理できるでしょ? 教養人とはそういう人のことでしょ? という社会的な暗黙の了解が、あの時代にはあったと言われています。


 


男にとって、女子の嫉妬ほど、めんどうなものはない。


男前な女子からすれば、女々しい彼氏の嫉妬の感情ほど、めんどうなものはない。


それは、嫉妬という感情に、「本当の出口」がないからでしょう。


出口がないのであれば、カップルでお互いに、理解を示し合うしかないですよね。


嫉妬される側はわりと冷静だから、相手に理解を示したいと思っている。


それにもかかわらず、相手は感情的になって出口を開こうともしない……だから嫉妬ほどめんどうなものはないのです。(ひとみしょう/文筆家)


(愛カツ編集部)


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