石橋貴明&爆笑問題・太田が嘆く「今は面白いことが自由に表現できない時代」

石橋貴明&爆笑問題・太田が嘆く「今は面白いことが自由に表現できない時代」

6月4日(月)放送


■みんなが夢中になった昭和のお笑い番組





ちょっと懐かしいアレコレを語るトーク番組『石橋貴明のたいむとんねる』。MCの石橋貴明とミッツ・マングローブが迎える第8回目のゲストは、爆笑問題の太田光さん。自他共に認めるテレビっ子の3人が「勝手に語り継ぎたい お笑い番組の細かいとこ」をテーマに、脱線しまくりながら濃~い40分間をお届けしました。



ドアをガチャガチャッと乱暴に開け、ソファの背もたれをヒョイッと飛び越えて太田さんらしく登場。“お笑い”を主戦場にマルチな活躍をしているタカさんと太田さんですが、初絡みは意外にも音楽番組。90年代後半、爆笑問題が司会を務めていたNHK『ポップジャム』に野猿が出演した時だそうです。でも実はその前にタカさんに「フジテレビの旧社屋で会っている」という太田さん。





ここからは「20世紀のお笑い番組年表」をもとにかつて好きだった番組や自身が出演した番組について思い出を振り返っていきます。



太田さんは土曜日の朝に放送されていた『モーニングサラダ』でとんねるずがやっていたコントの話から、中学生の頃大好きだった『金曜10時!うわさのチャンネル!!』の話に。今でも当時のコントを夢に見るそうです。



タカさん「それは『せんみつ・湯原ドット30』(のコーナー)だな」

太田さん「そうそうそう(笑)」

ミッツさん「昔のお笑い番組ってうんこがしめる割合って多かったですよね」

太田さん・タカさん「そうだよ!」

ミッツさん「太田さんがボキャブラ初期にやってた『告訴してやる』をもじった『野糞してやる』がすごく好きだったんですよ」

太田さん「うん、やっぱりせんださんの遺伝子でしょうね」



一方、タカさんは『8時だヨ!全員集合』をチョイス。小6のときに公開収録に参加したことがあるそうです。特に好きだったのは加藤茶さんの「チョットだけよ〜」。途中で脱退する荒井注さんと新規加入の志村けんさんにも言及します。



太田さん「荒井さんはカメラ目線ですよ、カメラ目線で視聴者に『なんだ馬鹿野郎』って! ひどいギャグ。志村(けん)さんが入ってきたときは、ぼくらはちょっと待ってよ、っていう感じだったんですよね。ぼくは浮気して、裏で『欽ドン!』を見て」

タカさん「ほお、ほお」

太田さん「『欽ドン!』を見ている間にドリフのメンバーが変わって、今、志村さんが大人気だっていうので。ぼくとしては荒井さんのあとはすわ(親治)さんだと思ってたけど」

ミッツさん「ああ、世代交代が始まってたんだ。私は最初から志村さんでした」

タカさん「すわさんって、ブルース・リーやってた。付き人だったんだよね?」

太田さん「だから志村さんっていう知らないやつが入ってきて許せないって。そんなの認めない。そんなのドリフじゃない! で、見てみたらおもしろくて。ああ、これはすわさんじゃなくてよかったわってね(笑)」



やがて話は変わり、タカさんが中3のときに出演したことがある『ぎんざNOW!』の話題へ。第1回目の優勝者はタレントの関根勤さん。そして俳優の竹中直人さんや清水アキラさんが所属していたバンドであるザ・ハンダース、俳優の清水健太郎さんやミュージシャンの矢沢永吉さん率いるキャロルが出演。錚々たる面々を見ればこの番組がスターへの登竜門だったことがわかります。



次に目に留まったのは『ハッチャキ!!マチャアキ』。お正月は一日中でずっぱりだった「堺正章さんブーム」のスゴさを振り返りました。



ここではすべて紹介できないほど3人のコネタやエピソードが盛りだくさんだった前半戦。後半は自身の出演番組を交えながら濃厚なトークが続きます。


■太田さんも衝撃! とんねるずが受けた洗礼





タカさん、太田さんが子供だった80年代前半、『THE MANZAI』の放送後はみんなこの話題だったそうです。『THE MANZAI』に出演していた中で、太田さんのご贔屓はツービート。たけしさんの面白さが世に浸透してきたのは「『オールナイトニッポン』のパーソナリティになってから」だったといいます。



またこの頃、たけしさんと同世代のタモリさんが『お笑いスター誕生!!』の審査員や紅白の司会、のちに日本テレビ史に残る長寿番組『森田一義アワー 笑っていいとも!』がスタートするなど素晴らしい経歴を見たミッツさんは、「タモリさんってすごく不思議なポジションですね」と関心をもっていました。



80年代中期に入ると、『オールナイトフジ』をはじめ数々の番組に出演してきたとんねるずの人気がグングン上昇。テレビ番組で暴れまわる姿を観ていた太田さんが、思わぬとんねるずの姿に衝撃を受けたそうです。それは1985年『オレたちひょうきん族』の人気コーナー「ひょうきんベストテン」に、初めて出演したときのこと。スタジオで実際の映像を流し、暴れるどころか一方的にイジられている姿を見ました。



歌がスタートすると、まずはビール瓶で頭を殴られ、次は顔面にビールを噴射。さらに顔面にケーキをねじ込まれ、ビルのセットに挟まれて上からゴミをぎゅうぎゅうに押し込まれました。ノリタケさんは「息ができない」と苦しそう!



太田さんは「(テレビとは)こういう場面が面白い」と言いつつも、とんねるず“らしい”ことをひとつもやらせてもらえなかったことに対しては「芸人の世界っていうのはそういうのがやっぱり(ある)」とコメント。「それから『とんねるずのみなさんのおかげです。』がスタートしたのもあって、他の人たちと絡まなくなっちゃった」と少し寂しそうな表情のタカさんでした。



この頃から、時代も変わっていき『タモリのボキャブラ天国』などで爆笑問題が頭角を現してきました。当時学生だったミッツさんには刺さりまくり!

ミッツさん「私の世代は『タモリのボキャブラ天国』。爆笑問題が改めて出てきたのは嬉しかったですね」

太田さん「最初は素人からの投稿がメインで、そのワンコーナーで芸人が出てきて。それは分計(視聴率)が上がるっていうんで、芸人メインのほうの『タモリのSuperボキャブラ天国』になっていくんだよね」

タカさん「そこでネプチューンやくりぃむしちゅーが出てくるの?」

太田さん「そう。ヒロミさんが司会で、審査員の大島渚さんがBOOMERを必ず怒るっていう(笑)」





■コンプラに負けない相方・田中さんが「一番すごい」


爆笑問題がよく出演していた『ラ・ママ新人コント大会』のエピソードや、タカさんがどうしてもやりたくて『新春かくし芸大会』で披露したという鎌ヌンチャクの話など、絶妙に脱線しながら楽しいトークが進みます。



昭和のめちゃくちゃだったお笑い番組を振り返った3人は、自主規制やコンプライアンスの問題で今は面白いと思うことが自由にできないと嘆きます。いつもは穏やかなミッツさんが吠えます。



ミッツさん「オカマと言うな、ホモと言うな、ゲイと言うな、なんて私は言ってない。言う人たちもいるけれど、そうじゃない私たち当事者だっているわけで。すべて『オネエ』とか『オネエ系』とかで括られてもね」



太田さん「『田中はチビ』っていうと、めっちゃくちゃ受けるんです。あれは一番の差別ですからね」

ミッツさん「確かに、田中さんはすごいわ~」



冠番組を持ち、もはや大御所と呼ばれるまでになった二人。最後に太田さんから「タカさんはこのあとどうするの?」と質問されると、「弟子をとって芸人を育ててみようかな。お笑い学校を日大みたいに、日大一高とか(増やして)(笑)」と答えるタカさん。



太田さんは少し驚いたような表情をしながらも「(問題が起きたら)オレが司会をやります!」とニンマリ。最後は、爆笑問題のような時事ネタでシメました。



文=パンチ広沢


■番組情報


『石橋貴明のたいむとんねる』


<放送>



6月4日放送回 毎週月曜23時~23時40分


<出演>



石橋貴明、ミッツ・マングローブ

ゲスト:太田光


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