石橋貴明&高橋克実が「死ぬほど欲しかった」昭和アイテム、第1位は?

石橋貴明&高橋克実が「死ぬほど欲しかった」昭和アイテム、第1位は?

6月11日(月)放送


■みんな欲しかったMonkeyにJUN、インベーダーゲーム





MCの石橋貴明さんとミッツ・マングローブさんが、ゲストとともに懐かしのアレコレについて語るトーク番組『石橋貴明のたいむとんねる』。第8回目は、タカさん(石橋貴明)と同じ年の俳優・タレントの高橋克実さんを迎え「1960年代生まれが死ぬほど欲しかったアレ」をテーマにお届けしました。



まずは、同世代の方へ「子どもの頃に欲しかったもの」街頭インタビュー。コメントの中には靴と一体型になった『ローラースケート』や『野球盤』、『インベーダーゲーム』、『ウォークマン』など懐かしいアイテムが登場し、その度に「ああ~!」と共感するタカさんと高橋さん。



なかでもふたりが注目したのは、1967年に発売した50ccバイク『HONDA Monkey』。それをきっかけに高橋さんの学生時代の“ちょっとやんちゃ”な話に。



高橋さん「わりとツウの人が欲しがる。僕はCB400が欲しかったんですよね」

ミッツさん「工藤静香さんも欲しかったって」

タカさん「走り屋だったの?」

高橋さん「っていうか、まあ、ちょっと高校時代は靴(のかかと)を踏んだり」

タカさん「(笑)だせぇ~!」

高橋さん「校門のところで暴走族の名前の入ったステッカーを売ってるわけですよ。こっちもビビってるところを見せられないから(眉間にシワを寄せて)『いくらですか?』って」

タカさん「で(笑)? いくらなんですか?」

高橋さん「いや『いくら持ってんだ?』って(逆に聞かれて)、交渉ですよね」

タカさん「交渉なの~(笑)?」



どうやら新潟出身の高橋さんと、生まれてからずっと東京で暮らすタカさんとでは少しズレがあるようで……。続いて紹介された『JUN』のTシャツでも高橋さんのほのぼのエピソードを交えて盛り上がります。





高橋さん「(Tシャツがスタジオに登場すると)わ~、すごい! これを着てる写真がいっぱいあるわ~」

タカさん「当時(の人気番組)『ソウル・トレイン』やってて、スポンサーが『JUN』で。でも、克実さんが着てたのはどうせニセモノでしょう?」

高橋さん「何言ってるの! 新潟で一番人気があった『ヤンガーさくらい』で買ったんだから」

ミッツさん「今回スタッフがこれをオークションで競り落としたんですけど、これもニセモノだったみたい」

タカさん「(今の時代にあるのが)本物なわけないよね。『JUN』とか着てディスコ行ったりするとヨーロピアンっていわれたの」

高橋さん「裾の広がったバギー履いてね。それで、Tシャツの袖を折り曲げるんですよ。あれは映画で、あれは……えーと……」



なかなか思い出せなくてタカさんにつっこまれる高橋さんでしたが、その答えは映画『アメリカン・グラフィティ』でした。





続いて登場した『インベーダーゲーム』。当時の少年たちがこぞって喫茶店に集まり、100円玉をゲーム機のテーブルに積み上げていたそうです。



ここで、久しぶりにプレイをすることになりましたが、先攻の高橋さんは「老眼で見えない!」と、すぐにゲームオーバー。それを見てタカさんは「映画のタイトルは思い出せない、老眼で見えないし。すげー下手(笑)!」と、冷やかしました。


■今でも欲しい名品とナゾの『こきりこ節』





ここからはタカさん、高橋さんそれぞれの『欲しかったものベスト3』を紹介しました。



タカさんの『死ぬほど欲しかったアレ』の第3位は『フラッシャー自転車』。



連続するランプが流れるように点滅するウィンカーが人気で、変速ギア、ディスクブレーキなど当時では画期的な機能が搭載されていました。スタジオに登場した実物に乗りながら「やっぱいいな~」とタカさん。高橋さんは当時愛用していたそうです。



続いて克実さんの『死ぬほど欲しかったアレ』の第3位は『マジソンバッグ』。

アメリカのプロレスの殿堂『マディソン・スクエア・ガーデン』の名前が記されたバッグで、70年代の学生を中心に1000万個を売り上げる大ヒット。



「白(のバッグ)は不良でもケンカが強い人が持っていたんです」という高橋さんの見解に「そうなの?」とタカさん。また、てっきりアメリカから輸入されていたと思っていたのに、日本製だったことにも驚いていました。



バッグつながりで学生鞄のカスタムテクの話題に。高橋さんが高校時代、よくある黒革の学生鞄を熱湯で茹でて柔らかくし、薄くしていたエピソードを語ると、タカさんは「取っ手のところをビニールテープで巻いて『喧嘩上等』とか。でもそれ、中学の話ですけど」と、またちょっとズレを感じてしまうのでした。





次は克実さんの『死ぬほど欲しかったアレ』、第2位は『白いギター』。1971年から放送された人気番組『TVジョッキー』の優勝者に与えられたもので、当時の若者の憧れだったそうです。



実際に黄色と白のギターを手にして興奮する高橋さん。しかも、黄色いほうはタカさんの私物と知って驚きます。



高橋さん「えー! もらったんですか? ゴキブリチャーハンか何か食べたんですか!?」

タカさん「(番組内のコーナーの)『奇人変人』でもらったんじゃないんですよ(笑)」



どうしてもギターが欲しかった高橋少年は父に懇願するもその願いは叶わず……。小6のときに自宅で音楽の授業の課題曲『こきりこ節』をアルトリコーダーで吹く練習をしていましたが、調子外れで両親は聞いていられなかったからだと聞き、ショックを受けたそうです。



ところが、タカさんとミッツさんはそれより、初めて聞いた『こきりこ節』のほうに興味をそそられていました。





そして『タカさんの死ぬほど欲しかったアレ』の第2位は『短波ラジオ』。70年代、小・中学生を中心に国外の短波放送を聴取することがブームとなり、タカさんは受信できた放送局から届く「ベリーカードを集めていた」と語ります。スタジオにはAM、FM、短波が受信できたSONY製のポータブルラジオ『スカイセンサー』が登場。『フラッシャー自転車』に続き、これも高橋さんは持っていたそうですが……。



高橋さん「オレは短波(を聞く)っていうよりはニッポン放送とか」

タカさん「(文化放送の)『セイ!ヤング』とか聞くために?」

高橋さん「そうそう。でも一番聞いてたのは『笑福亭鶴光のオールナイトニッポン』ですね。みんな聞いてたでしょう、土曜日?」

タカさん「なんかねー、ちょっと(高橋さんは)ズレてるんですよね(笑)」

ミッツさん「さっきの曲ってなんでしたっけ?」

高橋さん「『こきりこ節!』」



それを聞くと、笑いが止まらないタカさんとミッツさんでした。


■タカさんが『ケンメリ』を前に感動





いよいよ発表! 『克実さんの死ぬほど欲しかったアレ』第1位は『ヌンチャク』でした。



1973年に上映されたブルース・リー主演『燃えよドラゴン』がブームになり、ヌンチャクはモノマネをする子どもたちのマストアイテムに。



高橋さんが固く丸めた新聞紙の手作りヌンチャクのエピソードを語ると、本物のヌンチャクと手作りヌンチャクが目の前に! 本物のほうを嬉しそうに回してみる高橋さんですが、肩や足に当たりまくります。タカさんもヌンチャクを回しながら「男の子はみんなやってた」と懐かしそうです。



高橋さん「お袋の三面鏡の前に行くと、口紅で頬に血みたいな傷を書く。そうすると『鏡の間』に迷い込んだみたいになる」

タカさん・ミッツさん「あははは!」

高橋さん「学校で技術家庭の時間になるとすごかったですよ。机の上に乗って『アチャー』って飛んでくるんです」

タカさん「オレたちは制服の裾を靴下の中に入れて、学ランを(リーが着ていた)マオカラーのシャツみたいにして、ポーズを決める。必ずね(指をペロッと舐めてから構えて睨む)『アチャー』ってね」





最後に発表するのはタカさんの死ぬほど欲しかったアレ第1位の『ケンメリ』。1972年に発売された『スカイラインC110型』のことで、歴代のスカイラインのなかでも売上No. 1。広告キャンペーンの「ケンとメリーのスカイライン」から通称『ケンメリ』と呼ばれています。



CMの映像が流れるとタカさんは「いちばん欲しいやつ」と大興奮!当時を知らないミッツさんが「かっこいいですね、今でも」と言えば、高橋さんも「テールランプがいいよね」とうっとり。実は高橋さんが初めて買ったのはこの車だったそうです。



さらにフジテレビ玄関前に本物が登場し、タカさんは四方八方から眺めて「かっけ~!」を連発。なんと、日本に4台しかない『ケンメリ』をタカさんが買おうということに。

しかし1台9800万円と聞いて、「やめましょう」と一気にトーンダウン。

憧れの車に乗ったタカさんは、そのままオーナーさんと一緒に『ケンメリ』で帰宅しました。



文=パンチ広沢


■番組情報


『石橋貴明のたいむとんねる』


<放送>



6月11日放送回 毎週月曜23時~23時40分


<出演>



石橋貴明、ミッツ・マングローブ

ゲスト:高橋克実


カテゴリ