“2つのタカシマ家”の確執…25年ぶりの食事会で明かされる真実とは

“2つのタカシマ家”の確執…25年ぶりの食事会で明かされる真実とは

8月22日(木)21時~『直撃!シンソウ坂上』





家族全員で遺書を書いた高嶋家…まさかの理由とは


今回の『直撃!シンソウ坂上』は、25年ぶりに食事を共にした高嶋ちさ子と彼女のいとこである髙嶋政宏が、今年6月に惜しまれながらもこの世を去った高島忠夫さんへの思いを語り尽くす。なお、ちさ子が伯父である高島忠夫さんについて語るのは今回が初めて。

高島忠夫さんは、21歳で俳優デビュー。映画『坊ちゃん』シリーズで注目を浴び、その後は当時絶大な人気を誇ったバラエティ番組『クイズ・ドレミファドン!』(フジテレビ系/1976年10月~)の司会などで昭和を代表するスターとなった。

番組では、忠夫さんが大ファンだったスペインの世界的歌手のフリオ・イグレシアスに会うために、一家全員で彼のバハマにある別荘に行った貴重な映像を公開。実は、忠夫さんは飛行機が大の苦手で、高島家では海外旅行が禁止だったと明かす政宏。そのため、バハマに行く前には家族全員で遺書を書いてから向かったという裏話が明かされる。

テレビのイメージとは異なり、父・忠夫さんは家では非常に厳しかったと語る政宏。来客時に騒いでいると、客が帰った後に直立不動の姿勢にさせられたままビンタをされたり、小遣い制で買いたいものも自由に買えなかったという子供の頃の思い出を振り返る。

また、ヴァイオリンを始めたちさ子が伯父・忠夫さんに「(仕事で)松田聖子ちゃんや田原俊彦さんに会うの?」と聞くと、「バッハを弾く人は、俗世間のものに耳を傾けちゃいけない」と怒られたエピソードを明かし、忠夫さんの真面目な性格を懐かしむ。





“2つのタカシマ家”確執報道の中心人物が登場!25年目の真実


テレビを中心に幅広く活躍していた忠夫さんだったが、68歳の時に「うつ病」が原因で、突如芸能活動を休止。忠夫さんが「うつ病」になった際、急に白髪が増え、痩せて変わり果ててしまったのを見て、亡くなった時以上に衝撃を受けたと語る政宏。番組では、「うつ病」になった忠夫さんを励まそうと、政宏が知人を集めてサプライズパーティーを行った際の映像も公開。弟・政伸が思わず涙した、忠夫さんの意外な行動とは―。

妻・寿美花代、そして二人の息子たちの支えもあり、「うつ病」発症から5年後の2003年に、忠夫さんは芸能界復帰を宣言するが、この頃「うつ病」に加え「パーキンソン病」も発症。さらには不整脈のため心臓にペースメーカーを付ける手術も受けており、忠夫さんは表舞台から姿を消すことになった。

番組では、2013年に忠夫さんが病を患った後の高島家に独占密着を行った『独占密着!真実の高島ファミリー』(2013年6月18日)を取り上げる。

忠夫さんの最後のテレビ出演となったこの映像の中には、忠夫さんを施設に入れずに、毎日彼にマッサージを行うなど献身的に支え続ける花代の姿があった。

そして、政宏は、これまで語られることのなかった家族葬の真実を明かす。斎場に行く際に、妻・花代が「私はついていかない」と言った背景にはどのようなものがあったのか、明らかに。

また、親戚であるにもかかわらず疎遠であったことから、一部週刊誌で報じられたのが政宏一家とちさ子一家、“2つのタカシマ家”の確執。今回も2人が一緒に食事をするにも25年という期間があったが、ここまで疎遠になっていたのはいったいどうしてなのか?政宏がちさ子を招いた焼き肉店で、今回全てが明かされた、意外でもありタカシマ家らしくもあるその理由は何だったのか。

さらに、ちさ子と政宏が対談していたロケ現場に、両家の確執の中心人物ともいえる、ちさ子の父・弘之さんが登場。1951年に兄弟そろって神戸から上京してきた当時の思い出から、疎遠となったまま別れることになった兄・忠夫さんについて語り尽くす。


番組概要


『直撃!シンソウ坂上』


<放送>


8月22日(木)21時~21時54分


<出演>


【MC】
坂上 忍

【VTR出演】
高嶋ちさ子
高島忠夫
寿美花代
髙嶋政宏
高嶋政伸 他

【スタジオゲスト】
薬丸裕英
松嶋尚美
田中卓志(アンガールズ)

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