和田アキ子『金スマ』で波乱万丈の芸能生活51年を語る「長ければいいってもんでもない…」

和田アキ子『金スマ』で波乱万丈の芸能生活51年を語る「長ければいいってもんでもない…」

 歌手の和田アキ子(69)が、30日放送のTBS系『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』2時間スペシャル(後8:00)に出演。これまでテレビではあまり話してこなかった自身の生い立ちや、芸能生活51年間の裏表、夫との生活やその裏であった過酷な出来事などを語っていく。



【写真】藤田晋社長とキスする和田アキ子



 今回は「金スマ レジェンド波乱万丈!」として、51年の歌手生活で『紅白歌合戦』に39回出場した和田の人生をたどる。1950年、大阪府天王寺に4人兄弟の長女として生まれた和田現子(アキ子)。幼いころから体が大きく、小学校6年で身長が165センチもあった彼女は、恵まれた体格を武器に同級生の男の子たちとケンカばかり…と思いきや、身長の高さを理由にいじめられることが多かったという。



 幼少期のアキ子にとって何より怖かったのは、100人以上の門下生を持つ柔道の師範で100キロを超える巨漢だった父親だった。礼儀作法に厳しく、口より先に手が出る。厳しすぎる父のもと一家団らんを知らずに育ち、優しい父がいる「温かい家庭」に憧れた。小学校高学年になると父に反発するようになり、やがて家を飛び出す。大阪・ミナミの繁華街や友人の家を泊まり歩き、夜は大人に混じり飲屋街でたむろ、本格的に非行の道へ進み始めた。



 手当たり次第にケンカに明け暮れる日々を過ごし、家出生活を始めて1年後には、中学2年にして大阪の繁華街では知らぬ者はいない不良番長に。その一方でアキ子はジャズやブルースといった外国の音楽に夢中になる。大阪市内のジャズ喫茶に入り浸り、音楽を聴いている時だけは心が安らいだ。そんな日々のなか、大阪のステージで歌っていた16歳の時、東京の芸能事務所の人間を名乗る男に「直接、社長に会ってほしい!」と懇願される。東京からやってきたのは、現在も所属する大手芸能事務所「ホリプロ」の社長・堀威夫氏だった。



 はじめは適当に話を聞いて帰るつもりだったというアキ子だが、つらい記憶も多く、流されるままに生きてきた人生、このまま大阪にいても極道しか道はない…。そんな自分へ期待を寄せてくれる堀社長に、アキ子はなんとその場で芸能界入りを承諾。大阪には二度と戻らないことを決心して、いよいよ芸能人生が幕を開けた…。



 スタジオでは「家で見てる番組に出ると緊張する。芸能生活51年、長ければいいってもんでもない。みんなのおかげ、大人になった」と本音を語った和田。彼女が『金スマ』で特別に打ち明けた本音とは。
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