柳生博、『やすらぎ』で20年ぶり連ドラ出演 俳優として「最後の仕事」

柳生博、『やすらぎ』で20年ぶり連ドラ出演 俳優として「最後の仕事」

 テレビ朝日系で放送中の帯ドラマ劇場『やすらぎの刻~道』(月~金 後0:30~0:50※BS朝日では月~金 前7:40~8:00)。倉本聰氏の脚本で、今年4月にスタートして以来、脚本家・菊村栄(石坂浩二)ら“テレビ人”たちが入居する老人ホーム「やすらぎの郷」の人間模様、そして、根来しの(清野菜名)・公平(風間俊介)夫妻の一代記を綴る「道」、2つの世界が絶妙なバランスで描かれてきた。「道」パートでは11月から、物語が“平成”に突入。橋爪功、風吹ジュンが主演のバトンを受け継ぐ“平成編”に、柳生博の出演が決定。柳生が連続ドラマにレギュラー出演するのは約20年ぶりとなる。



【写真】「道」パートの“荒木”役がバトンタッチ



 柳生が演じるのは、村のまとめ役ともいうべき存在の男、“荒木”の晩年。昭和編では須森隆文が挑んだ役柄で、貧しさゆえに娘のおりんをいわゆる“人買い”に売り、戦時中は軍部にへつらい、どさくさに紛れて集落をまとめるポジションにおさまった小狡い男だ。平成編では、やはり集落のいざこざをおさめる立場として登場。橋爪演じる公平と、さまざまに関わっていく。



 柳生は、『非情のライセンス』(第3シリーズ/1980年、テレビ朝日)、『飛び出せ!青春』(1972~73年、日本テレビ)、『われら青春!』(1974年、日本テレビ)、連続テレビ小説『いちばん星』(1997年、NHK)など数多くのドラマ、映画で活躍。『100万円クイズハンター』(1981~93年、テレビ朝日)の名司会者としても有名だったが、息子たちがいじめに遭ったことをきっかけに、1970年代後半、山梨・北杜市に移住。八ヶ岳に雑木林を復活させる活動に尽力し、長年、“野鳥の会”の会長も務めてきた。



 その活動の多忙さから、バラエティー番組への出演などは続けてきたものの、長時間、拘束されるドラマや映画は「ほとんどすべてオファーを断ってきた」とのこと。今回久々に連続ドラマ出演を決意したのは、かつて共にドラマ作りに携わった倉本氏との“運命の再会”が大きかったと打ち明ける。



 柳生は、『大都会 闘いの日々』(1976年、日本テレビ)や、1970年代『東芝日曜劇場』(TBS)で放送された数々の倉本作品(※主に北海道放送制作作品)に出演。柳生が八ヶ岳に暮らすようになってからは自然と親交は緩やかになっていったが、「2年前、庭仕事を終えて、夕方、2階のテラスに出たら、サングラス姿のアブナイ感じの男たちが『オイ、柳生ーっ!』って下から怒鳴るんですよ。てっきり“反社会的”な方々だと思って、『どちら様ですか』と対応したら、『オレだよ、倉本だよ!』って…(笑)」と、ちょうど「道」パートのシナリオハンティングのため山梨県を訪れていた倉本氏と久々の再会。



 「そのとき、僕が“なぜ俺を(『やすらぎの郷』に)出さないんだ!”と倉本さんに言ったらしいんです。酔っていたから覚えていないのですが…(笑)」と、苦笑しながらも、自ら“やすらぎ”入りをアピールしたことを告白。倉本氏はそんな柳生の発言をしっかり記憶しており、久々のタッグが実現した。 



 柳生は「姫(=九条摂子)役の八千草薫さんも八ヶ岳に別荘をお持ちで、旧知の仲。いまや僕を呼び捨てで呼ぶのは倉本さんだけですし、『柳生くん』とくんづけで呼ぶのは八千草さんと瀬戸内寂聴さんだけです。そういう古くからのつながりがあるお2人が関わっている作品だからこそ、出演を決めました」。



 撮影は8月半ばからスタートしており、収録に挑んだ柳生は「機材などはすっかり新しくなっていますが、この現場は年上を敬う、昔ながらの伝統が息づいていて、まるでタイムスリップしたみたいでうれしかったですね」と、久々の感覚を楽しみながら、昭和編から受け継いだ荒木のキャラクターを味わい深い演技で表現。



 また「昔の日本はこうだったよなぁ、今の田舎はこうなんだよなぁ、とこんなにもリアルさを実感した作品は初めて!」と、改めて倉本脚本の鋭い視点を絶賛。「僕にとって、この作品が最後のドラマ出演のつもりです。ぜひ“平成編”も多くのみなさんにご覧いただきたいですね」と力を込めて語っていた。



 柳生が出演する「道』平成編は、11月にスタートする予定。
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