大反響!慶應大学ラグビー部 奇跡の富士登山 同行ディレクターが明かす撮影秘話

大反響!慶應大学ラグビー部 奇跡の富士登山 同行ディレクターが明かす撮影秘話

9月26日(木)放送『奇跡体験!アンビリバボー 仲間たちとの12年越しの約束SP』




※9月26日放送の番組より


9月26日(木)放送のフジテレビ『奇跡体験!アンビリバボー 仲間たちとの12年越しの約束SP』は、練習中のケガによって歩くことができなくなってしまった元慶應義塾大学ラグビー部・杉田秀之さんが、12年後、想像を絶する努力と仲間の支えによって富士登山に挑んだ模様に独占密着。

放送後、大きな反響を呼んだ本番組を取材した安村麻衣子(フジテレビ)と、谷悠里ディレクター(イースト・エンタテインメント)に、番組が完成するまでの秘話を語ってもらった。




左から)谷悠里ディレクター、安村麻衣子


実は、安村は、杉田さんが負傷した2007年当時、慶大4年生で学生トレーナーとしてラグビー部に所属していた。今回、後輩の杉田さんとともに富士登山を目指す当事者でもあり、杉田さんを取材対象にして番組を作ることは悩んだ末の決断だった。

安村:カメラを入れて撮っていいものなのか、私たち仲間だけでかみ締めて登る方がいいのか、半年以上考えました。杉田くんも最初は「仲間との登山の時間を大事にしたい」と言っていたんですけど、雑誌等の取材を受けて、その反響も聞いて、多くの人に知ってもらうことに前向きになっていきました。私としても、もしこの富士登山の話を世に送り出すのであれば、自分の手で送り出したいと思いました。

一方、谷ディレクターは、客観的な立場から杉田さんをめぐるラグビー部の物語をどのように番組にしていくかを考えたという。

谷:過去に起こった出来事の後追いの取材が多い普段の『アンビリバボー』とは違うパターンで、僕自身も先が見えていない部分で取材をしていたので、番組としては未知の領域を歩いているという感覚はありました。

ラグビー部の皆さんの誰がどういう話をしてくれるのか、まったく分からない状態でスタートしたんですけど、取材を進めるうちに1人ひとりにエピソードがあって、これは絶対に良い番組になると確信しました。




(写真中央)杉田秀之さん
※9月26日放送の番組より


練習試合の最中にスクラムが崩れたことが原因で頚椎・頚髄を損傷した杉田さんは、思うように体が動かせなくなった。その場にいたすべての人が、生涯消えない痛みを負った悲劇。

取材にあたって安村と谷ディレクターは、ラグビー部員たちのつらい記憶も丁寧に聞き取っていった。

安村:ラグビーは身体が密着するスポーツなので、ああいうケガが起こった以上、身体を密接していた人たちは、少なからず責任を感じてしまうと思うんです。当時、普段は全く泣かない部員が号泣していたんですが、12年経って「なぜあの時泣いていたの?」と聞くと「あの時、(スクラムを組んだ)後ろにいたから」、「隣にいたから」という思いをやっと口に出してくれた。

みんなが心の中にしまっていた、ずっと言えずにいた“悲しい気持ち”や“苦しかった気持ち”を話してもらい、あの時、何があったのか、何が起こっていたのか、何を思っていたのかを掘り起こす作業をずっと続けました。

ラグビー部の後輩として杉田さんの人柄を知っていた安村だが、今回の取材で、その人間性にさらに深く触れ、気付くこともあったという。

安村:ラグビー部での杉田くんは、部員が120人以上もいる中で先輩・同期・選手・スタッフ…誰にでも分け隔てなく接していて、とにかくユーモアがあって、進んで一発芸をしたり、先輩にいじられにいって笑いをとったりするような人でした。杉田くんが部員たちの前でブレイクダンスを披露したことがあったんですけど、80kg以上の体でブレイクダンスって、なかなか笑えて。

そうやって、お腹がよじれるくらい笑わせてくれた杉田くんが、ラグビーはもちろんですけど、踊って笑わせたりできなくなってしまうんだと思うと、とても悲しかったんです。今回取材してみて、杉田くんは人一倍ストイックで異彩を放つ存在であり、カリスマ的な人だということが初めて分かりました。




合言葉は“フォーエバーフレンズ”!
※9月26日放送の番組より


谷ディレクターは、杉田さんをはじめラグビー部の面々と交流を重ね、信頼で結ばれた彼らの連帯を感じるようになる。

谷:杉田さんが魅力的なのはもちろん、ラグビー部員の皆さんがそれぞれ魅力的な方なんです。だから僕は、これは杉田さんの話なんだけど、杉田さん1人の話にはしたくないなと。慶應ラグビー部というひとつのチームの話として構成したいというふうに考えていました。

実際にカメラを持って登っていると、僕なんかはヘロヘロで自分が登るだけで精一杯。人のことなんて考えられない状態なのに、皆さんは杉田さんにずっと声をかけ続けていて、仲間の力で登っている感じがしました。

安村は、ラグビー部の一員としての思いを抱きながら、あくまで取材者の立場で登山に臨んだ。

安村:私は、杉田くんに一番近い所のカメラを担当していたので、本当なら手を取って登ったり声をかけたりしたかったんですけど、番組側の人間として、杉田くんと誰かの会話を撮ることを優先させました。頂上に登って集まった時には感情が爆発して、みんな泣いていて、私も泣いてしまいました。




感極まる林雅人元慶応義塾大学ラグビー部監督
※9月26日放送の番組より


放送されなかった、もう一つの奇跡


実は、放送はされなかったのだが、「天候不良により、当初の日程で登山を続けるのはほぼ不可能」という判断が下された際に、もうひとつの奇跡が起こっていたという。日程をずらすことはできたのだが、そうすると仕事がある者、遠方から来ている者は下山しなければならず、参加者全員での達成が危ぶまれる状況になっていた。

安村:そこで、杉田くんの同期で、パイロットになっていた佐野秀樹くんが、会社の同僚に連絡して天気図をもらったんです。分析したら、ここから4時間は晴れるということがわかって。ガイドさんから出されていた条件も「4時間晴れが続けば、登れる」というものだったので、「これはいける!」と、佐野くんが交渉してくれて…というドラマもありました。

谷:実はその時、僕は半分あきらめていたんですが、みなさんはひたすら「どうしたら登れるか」を相談し合っているんです。「担いだらどうなんだ」「登山用車いすだったらどうなんだ」って、みんなで登るための方法を話し合っていた。そうしたら「4時間晴れる」という情報がもたらされて…。本当に、みんなの思いが詰まっているんだなと感じました。




ANAのパイロットの佐野秀樹さん





天候不良など厳しい状況を乗り越え、杉田さんとラグビー部の仲間たちは奇跡的に富士山登頂を成し遂げた。ラグビー部の夏合宿でチームワークを養うために予定されていた富士登山が、練習試合中のケガにより中止になってから12年。当時、ケガをした直後の杉田さんがラグビー部監督と「いつか富士山に登ろう」と約束したことが種となり、さまざまな広がりを見せ、今、大きな花を咲かせた。

安村:林雅人監督(現キャノン アシスタントコーチ)は、ケガをした直後の杉田くんから「富士山に登れなくてすみませんでした」と言われて、「いつか登ろう」としか言えなかったとおっしゃっていて。あの時、監督が杉田くんに「富士山のことなんて気にしなくていいから、治療に専念して」と言っていたら、この富士山の約束はなかったと思うんです。

それから12年後、こんなことが待っているなんて想像もしていませんでした。みんな、杉田くんから直接頼まれたわけではないけど、「あいつが登りたいって言ってるから、必ずみんなで連れて行って登ろう」と言い続けていた言霊のようなものが心の中にずっとありました。今回、富士登頂に成功できたのは、“言葉の力”、“約束の力”が原動力になったのではないかと思います。

杉田さんとラグビー部の仲間たちの強い思いを番組スタッフが紡ぎ、感動のドキュメンタリーが生まれた。


番組概要


『奇跡体験!アンビリバボー 仲間たちとの12年越しの約束SP』


<放送>


9月26日(木)19時57分~21時54分


<出演>


剛力彩芽
設楽 統(バナナマン)
日村勇紀(バナナマン)

【ゲスト】
川田裕美
武井 壮

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