#MeToo波及から2年、作り手と作品は切り離して考えられるものなのか?

#MeToo波及から2年、作り手と作品は切り離して考えられるものなのか?

 2017年10月、米映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインによるセクシュアル・ハラスメントと性的暴行の告発記事をきっかけに、米メディア・エンタテイメント界を揺るがせることになった「#Me Too」ムーブメント。米国では連日、さまざまな疑惑が報じられ、数々の有名人が表舞台から姿を消し、数々のエグゼクティブがビジネス舞台から退いた。



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 それから2年。今秋は、数々の映画祭で#MeTooの渦中にある映画人たちの作品が上映され、いま一度、「作り手の行動とその作品は切り離して考えられるべきか?」という議論がなされている。イタリアのヴェネチア映画祭は、ロマン・ポランスキー監督作とネイト・パーカー監督作を、フランスのドーヴィル・アメリカ映画祭は、ウディ・アレン監督作をそれぞれ上映。各々の作品と、それを上映する映画祭、観客、そしてフィルムメイカーたち自身は、どのような意見を持っているのか?



■ネイト・パーカーのカムバックはあるのか?



 ヴェネチア映画祭で上映された『アメリカン・スキン』は、無実の息子を警官に射殺された父親が、法廷で裁かれることのなかった警官に、独自の裁きをほどこす社会派映画。米国で多発する警官の発砲事件に対する深い心理的アプローチが評され、ヴェネチア上映時にはスタンディング・オベーションを受けた。



 同作の監督・脚本・主演を務めるネイト・パーカーは3年前、長編監督デビュー作『バース・オブ・ネイション』が高く評価され、オスカー最有力候補とも言われていた。ところが、自身が大学時代に関わっていたとされる強姦疑惑が浮上。その後、被害者女性が自ら命を絶っていたことが発覚した。批判に晒されるなか、ソーシャルメディアで女性の苦しみと家族の悲しみへの絶望的な気持ちを綴り、当時の行為が双方同意のものであったことを主張。その上で、「もっと思慮深く行動すべきだった」と綴ったものの、ソーシャルメディアを通じた対応が人々を納得させることはなかった。当時、配給会社フォックス・サーチライトはパーカーをサポートし、映画を公開したが、興行成績は振るわず。賞レースに乗ることもなく、パーカーは表舞台から姿を消した。



 それから3年後の今。ヴェネチアで彼は、「3年前の私は、自分が置かれている状況について、正しい判断ができていませんでした。今まで時間をかけて考え抜き、周りの人々からたくさんのことを学びました。当時の無神経な反応によって傷つけた、たくさんの方々に謝罪します」と語った。そのパーカーと同作のためにヴェネチア入りした監督スパイク・リーは、「ネイトは隠れず表に出てきた。質問にも答えている。だから、我々も前に進むのだ」と独自の表現でサポートを表明。米「バラエティ」紙のオーウェン・ギルバーマンは、同作レビューにて「観客が彼の作品を観る気になるのか、これが彼にとって真のカムバックになるのかは、まだわからない。ただ、同作が観るに値する作品であることは確かだ」と綴っている。



■ロマン・ポランスキー作品と審査員長の発言



 同じヴェネチア映画祭は、ロマン・ポランスキー監督による新作映画『An Officer and a Spy』をコンペティション部門に選出。実際の冤罪事件を基とし、1890年代のフランスを舞台に真実を追い求める大佐の姿を描いた歴史ドラマだ。ポランスキーは、1977年に未成年の少女に対する性的暴行で逮捕され、有罪になっているため、この出品は物議を醸した。こうしたなか、同映画祭の審査委員長を務める映画監督ルクレシア・マルテルが、同作のプレミアには出席しないと発表。その理由を、「同じような被害にあった女性たちとともにあるために、映画を祝して立ち上がり、拍手を贈ることはしたくない」と説明した。



 さらに、「私は、アーティストとその人の芸術作品を切り離すことはしない。作品の重要な部分は、その人の内面から生まれ出るものだと思っている」と語ったマルテル。そのうえで、ポランスキーと事件について、ジャーナリストたちとの対話や自分なりのリサーチをとおして調べたとし、ポランスキー作品が上映される権利があることは認め、作品自体の審査は公平に行うことを明言した。「彼のような行動を起こし、罪に問われた人(とその作品)と、どのように向き合うべきかを定義づけることは難しい。この問いは、私たちがずっと議論していくべきものだと思う」(マルテル)。



『An Officer and a Spy』は同映画祭で、銀獅子賞を受賞。ポランスキーは授賞式に出席しなかったものの、同結果がさらなる議論を呼んでいる。一方、米国では、アカデミー協会が2002年に『戦場のピアニスト』でポランスキーに監督賞を贈っており、それが物議を醸したが、#Me Tooムーブメントを受けて、18年にポランスキーを除名処分とした。ポランスキーはこの処分が不当だとして、提訴している。



■ウディ・アレンに対する欧州と米国の対応差



 フランスのドーヴィル・アメリカ映画祭は、ウディ・アレンによるロマンティック・コメディ映画『ア・レイニー・デイ・イン・ニューヨーク』を上映した。マンハッタンで不運な週末を過ごすことになる若いカップルの話で、主演は若手俳優として脚光を浴びるティモシー・シャラメとエル・ファニング。レビューは、過去のアレン作品と比べると精彩を欠くという声が目立つが、俳優陣のパフォーマンスには大方、賛辞が送られている。



 同作は2017年に撮影されたものの、アレンの養女ディランが、幼少期にアレンから性的暴行を受けたとする告発(こちらは2014年にされたもの)と#MeTooムーブメントによって、未発表となっていた。米国で配給・配信を予定していたAmazonは、同作のみならず、アレン作品の将来的な映画配給・配信をキャンセル。英国でも配給のめどが立っていないが、フランスやイタリア、ギリシャ、スペインなどでは今秋、配給が決定または実行されている。アレンは一貫して無実を主張、Amazonに対する巨額訴訟を起こしている。



 こうしたなか、シャラメや共演者のセレーナ・ゴメスは、同作の出演料を人権保護運動や団体に寄付することを表明。1995年にアレンによる『誘惑のアフロディーテ』に主演、オスカーを受賞したミラ・ソルヴィノは、自分には幼い頃から敬愛してきたヒーロー(アレン)を否定する勇気がなかったと、ディランに公開謝罪した。2012年の『ローマでアモーレ』に出演したグレタ・ガーウィグは、「もし、私が今知っていることを、当時知っていたなら、この映画に出演することはなかった。それ以降、彼(アレン)と仕事をしたことはないし、今後も仕事をすることはありません」と語っている。



 米国では映画界だけではなく、音楽界においても、マイケル・ジャクソンが#MeTooの渦中にある。彼から児童虐待を受けたという2人の男性とその家族のディテールに満ちた告白を追ったドキュメンタリー『ネバーランドにさよならを』が、3月上旬に米HBOで放送。全米に衝撃が走り、さまざまな論争が起きた。同作は先日のエミー賞でドキュメンタリー/ノンフィクション特別番組部門の作品賞を受賞したが、ジャクソン一家は同作を公開処刑と批判し、HBOとの間で訴訟問題に発展している。こうしたなか、ジャクソンの楽曲に合わせたパフォーマンスが有名であった大学体操界のスター、ケイトリン・オオハシは、楽曲使用を中止することを発表。その理由を「性的虐待を受けるということ、耳を傾けられないということ、よろこびの感情を失うという経験をした人々とともにあるために」と説明している。



 #MeTooムーブメントは、国や文化の違いで語れるものではなく、各々のケースは異なり、そのケースと向き合う人々の思いも対応もそれぞれだ。「作り手と作品は切り離して考えられるべきか」の問いに対する答えも、ひとつではないだろう。こうしたなか、今秋の映画界で、欧州において評価された渦中の監督たちと作品が、年末に向けた米国のアワードや一般公開で、どのような反応を受けるのか。さまざまな立場の人々の発言と行動が注目されるなか、1人ひとりが重い責任とともに考え続ける問いなのだと思う。

(文/町田雪)
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