駅のマナーポスターが面白くなったワケ「背景にはインバウンドの増加も」

駅のマナーポスターが面白くなったワケ「背景にはインバウンドの増加も」

 近ごろ、駅や電車内に掲出されているマナーポスターに目を引くものが多くなった。漫画調やコメディタッチなど遊び心あふれる作品が並び、思わずクスリとさせられる。特徴的なのは民営各社だけでなく「お堅い」イメージがある公営企業、東京都交通局のポスターにも変化が見られることだ。世界の名画をコミカルにアレンジしたものなどが登場し、利用者の目を引きつけている。ひと昔前まで“清く正しい標語”ありきだった鉄道会社のマナーポスターは、いつから面白くなったのか? 東京都交通局の担当者に、制作秘話や“記憶に残る”ポスター作りの極意について話を聞いた。



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■“無難”から“攻めた”作品に。多言語表記でインバウンドへの訴求も



 現在、東京都営交通局の展開するマナーポスター『グッドマナーで行こう』シリーズは、昔話『桃太郎』がモチーフだ。“都営で鬼ヶ島”をテーマに年間全5話が予定され、2話まで公開。第1話は電車に駆け込むイヌ・サル・キジを桃太郎が戒める1枚。



「よく見ていただくと、イヌたちが乗ろうとしている電車は、行き先が“急行・鬼ヶ島”。鬼退治に急ぐ一行としては、できれば乗りたいですよね(笑)。ちなみに、電車のモデルは都営浅草線の新型車両5500形。小さなこだわりや隠れたメッセージにも気づいてもらえたらすごく嬉しいですね」と話すのは、同局でマナーポスターの制作を手掛けるサービス推進担当の内山和博さん。



 同局でマナーポスターを年間でシリーズ化するようになったのは平成19年度から。同担当の新井仁根さんによると「シリーズ化してから7年くらいは無難というか、オーソドックスな感じだった」という。転機を迎えたのは平成27年。良いマナー、悪いマナーによってどんな状況が生まれるのかを、“謎のキャラクター”でコミカルに描いたところ、社内外から反響があった。



「せっかく作っても、利用者の目に止まらなければ意味がない。マナーポスターは車内でも端の方の、あまり目立たないところに貼られることも多いんです。そこで、少し冒険して『これはなんだ?』と思われるような、おもしろおかしいものを作れば、お金をかけなくても注目してもらえるんじゃないかと。そうして誕生したのが、“謎のキャラクター”を採用した『こうなるかも?』シリーズでした」(内山さん)



 その後、ムンクが電車に駆け込む『世界マナー美術館』(平成29年)シリーズや、優先席を譲られた時の嬉しさは砂漠の中で泉に出会った時のよう、など比喩イラストを用いた『同じくらい…』(平成30年)シリーズなど、ユーモア溢れる作品が続々登場した。



 これら“目に留まるマナーポスター”の制作は、社会環境の変化の観点から見ても必須だったという。インバウンドの増加だ。



■分かりやすいポスターで文化・マナーの違いによるトラブルを回避



「平成27年の『こうなるかもシリーズ』から、伝えたいメッセージを多言語で表記するようになりました。日本と外国では車内マナーが大きく違うんです。たとえば、物を食べたり、携帯電話で通話するのは、日本ではマナー違反とされていますよね。でも実は外国ではよくあること。訪日外国人が増えてきたことで、これからはそういったこともより積極的に啓発していく必要性を感じました」(新井さん)



 この流れは同局に限ったことでなく、銀座線や副都心線など9路線を運営する“東京メトロ”こと東京地下鉄でも、2019年度のマナーポスターにおいて、“訪日外国人のお客様にも、電車内やホームでのマナーを直感的に伝えられるよう、ひとつの英単語で表現するシリーズで展開すること”をコンセプトにしている。



 ちなみに、マナー啓発の手法にも“お国柄”があるそうで、プライベートで海外に行った際には制作のヒントのためにもチェックするのが常、と内山さん。



「ある国の地下鉄では、各車両にマタニティ専用席があるんですが、色分けされたシートに、妊婦さんが抱えられるくらいのぬいぐるみが置いてあり、どんなに混んでいても、妊婦さん以外は絶対に座らないんです。妊婦さんがその席に座る際には、ぬいぐるみを抱えて座る。日本人からしたら少しびっくりしますよね。エスカレーターでの歩行禁止も、お母さんと子どもが手をつないで歩いてるところに走ってきたサラリーマンがぶつかって、子どもが転げ落ちる…みたいな過激な動画が流れたりするので、すごいなと思いましたね」(内山さん) 



■マナー啓発、法律で禁止されていないからこその難しさ



 近年の反響を喜ぶ一方で、マナーポスターにおける課題は多く、今後も創意工夫が必要という。



「車内マナーは法律などで禁止されているものではありません。あくまでも、移動中の時間を快適で安全に過ごしていただくための“お願い”です。だからこそ、訴求方法には細心の注意が必要だと思っています」(新井さん)



 無難すぎれば響かないが、強すぎるメッセージや過度なパロディは時に反感を生む。より多くの人に“お願い”をきいてもらうためには、そのバランスが難しい、と新井さん。3年前に挑戦したムンクやドガの踊り子、フェルメールの耳飾りの少女をモチーフにした『世界マナー美術館』シリーズは、当初は「ムンクの叫びはそういうもんじゃない」「名画を軽んじてる」といった意見もあったという。



「“次の名画は何ですか?”といったお問い合わせもいただき、結果的には好評だったんですが、ご意見があったのも事実です。駅の掲出物は老若男女、いろんな方が目にするので、さまざまな声があるのは当然ですが、できれば1人でも多くの方に気持ちよく鑑賞していただきたいと思っています。真摯に受け止め、その後の制作に役立てています」(新井さん)



 続けて新井さんは、ポスターに採用する文言やテーマを慎重に検討するだけでなく、時代にあったマナーの選定も重要と話す。



「何年か前は、車内でのメイクやイヤホンからの音漏れの注意を呼び掛けるものを目にされていたと思いますが、最近はあまり見ませんよね?これは、それらの行為が“マナー違反”と広く認知されるようになり、声を大にして啓発する必要がなくなったからです。近頃の新しい取り組みは、“エスカレーターでの歩行禁止”です」(新井さん)



 エスカレーターでは急ぐ人のために片側を空けるのが通例となっているが、“手すりにつかまり歩行しない”ことが望ましいという。マナーというよりも、安全対策の側面が強いが、「安全啓発もマナーの一環なので、周知を図りたい」と話す。



 東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会まで1年を切り、今後は、国内外の来客のさらなる増加が見込まれる。“快適で安全な空間作りのためのお願い”の展望について、内山さんはこう話す。



「安全にもサービスにも終わりがないように、マナー啓発も『これでいい』というものは決してないと思うので、これからもポスターや動画などを配信し続けて、さらなるマナーの啓発と同時に、マナーを守ってくださっている方へ感謝の気持ちをお伝えしていきたいです。さらに、マナーポスターを見て絵画や昔話に興味を持ったり、親子や友人、恋人との会話のきっかけにしていただけたら、嬉しいですね」
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