コロナ禍で再注目された新入社員向けビジネス書

コロナ禍で再注目された新入社員向けビジネス書

 コロナウイルス感染拡大防止のため、多くの企業で入社式や社員研修が中止、延期されるなか、売り上げが伸びている新入社員向けビジネス書がある。2011年に発行された『入社1年目の教科書』(岩瀬大輔著/ダイヤモンド社)だ。新人もベテランも一生使える50の指針を記したライフネット生命保険会社創業者による本書を、新入社員向けの課題図書として配布する企業が増加。さらに、社会人になるための準備として自主的に購入する新入社員も増え、コロナ禍のもと、多くの需要を掘り起こし、対昨年比で2.5倍の売り上げを記録(※ダイヤモンド社調べ)。オリコンBOOKランキングのビジネス書部門でも4月6日付(対象期間:3月23日~3月29日)で9位となり、それ以降も好調に推移している。初版から9年、50万人が読んだという“仕事の教科書”の人気の秘密を探った。



【画像】『入社1年目の教科書』4月度売上比較



■信頼される社会人になるために欠かせない要素“当たり前の基本”



 岩瀬氏が『入社1年目の教科書』を執筆したのは、ライフネット生命に就職した新入社員のために、「仕事の基本を伝える本を作りたい」という思いからだった。

        

「それまで、新入社員向けの書籍は、ビジネスマナーや敬語、文書の書き方などハウツーをまとめた本が中心で、外資系でいうバックオフィス業務、古い言い方だと“一般職”向けのマニュアル的な印象のものばかりでした。そこで、(1)スキルそのものより、仕事をする際の「心構え」や「原理原則」「行動指針」を示す本にすること。(2)将来の幹部候補生、近い将来起業するような、リーダー候補生が「1年目にやっておくこと」という視点でまとめること。(3)本書が目指すゴールを「仕事を覚えること」ではなく、「仕事で早くから(若いうちから)活躍する人になる」ものにしようというコンセプトで、1冊にまとめました」(ダイヤモンド社 書籍編集局 第四編集部 和田史子編集長)



 このような明確なコンセプトとゴール設定のもと、本書では、仕事に取り組む姿勢や具体的な行動の仕方を、「3つの原則」と「50の指針」にまとめ、なぜ、それをする必要があるのかを著書の経験談を含めて解説されている。「遅刻をするな」や「朝のあいさつはハキハキと」など、一見、当たり前のことが羅列されているように思えるが、“当たり前の基本”こそ、信頼される社会人になるために欠かせない要素だ。しかし、実際は「新入社員向けのビジネスマナー教育はマイナスからのスタート」とも言われ、注意の仕方によっては「パワハラ」だと騒がれたり、「ブラック企業」と言われたりするほどデリケートな問題になっており、企業の研修ではなかなか踏み込んで教えられない、というのが現状である。



 本書が初版された2011年5月は東日本大震災直後。当時、多くの新入社員が自宅待機を余儀なくされたことから、企業が課題図書としてまとめ買いをしたこともあり、好調な売れ行きとなったのだが、新人研修担当者が、入社前に本書をまず読んでおいてほしいと望んだのも十分うなずける。それを裏付けるように、本書は毎年、入社・研修シーズンとなる3~5月に売り上げが伸長している。



 新型コロナウイルスの影響により、約4割もの企業が入社式や社員研修を中止、または延期する事態が相次いだ今年は、本書を課題図書として配布する企業が例年以上に増加し、さらに、自宅待機という形で社会人1年目をスタートさせることになってしまった新入社員が、自らの意思で本書を読んでいることもSNS上に数多く投稿された。



■入社1年目から再雇用1年生まで幅広い年齢層のニーズを獲得



 もう1つ、本書のヒットの要因となっているのが、新入社員だけでなく、幅広い年齢層からのニーズを得ていることだ。

「ヒットの一番の理由は、時代が変わっても、働く人たちの年齢や職位が変わっても、変わらない“大切にしたい仕事の本質”が書かれているからだと思います。若手だけではなく、10年目の先輩や上司世代の方、経営者の方からも『学びがあった』という読者ハガキをいただいています。“仕事の本質”というのは、どんな組織でもどんな立場でも大差ないということでしょう」(和田氏)

 

 その言葉通り、ネットには、「遅刻するなとか、人間として当たり前のこともたくさん書いてあるけど、それが社会人としてどのように活かせるかまで指摘してくれている」という新入社員からのコメントはもちろん、「初心に立ち返りたい時によく読み返している」「自分の社会人生活を見直す意味で、入社1年目以外の人にも役立つ」「仕事の仕方や指示の出し方の参考にできる」など、ベテランサラリーマンからのコメントも目立つ。さらに、ここ3~4年の傾向として、「61~62歳、ないしは65~66歳の読者の方からのハガキが増えた」(和田氏)という。いわゆる“再雇用1年生”が気持ちも新たに本書を手にとるというケースも増えているのだ。また、その需要は海外にも及ぶ。

「本書は、台湾、中国、韓国、タイ、ベトナムなど、アジアのさまざまな国でも翻訳されているのですが、特にタイ語とベトナム語で日本のビジネス書が翻訳されることはそう多くないため、驚きでした」(和田氏)



 国籍、年齢を問わず、広く支持を得ている背景には、幼少期を英国で過ごし、東京大学法学部卒業後、ボストン コンサルティング グループ等を経て、ハーバード大学経営大学院修了、ライフネット生命保険を立ち上げた、という著者の岩瀬氏の経歴も大きい。



「グローバルに活躍するチェンジーリーダーが大切にしている「仕事の基本」が、“朝のあいさつはハキハキと”や“目上の人を尊敬せよ”といった、ごく当たり前のことだったという意外性も支持され続けている理由かもしれません。創業したライフネット生命保険を除けば、外資系企業でしか働いた経験がない岩瀬さんですが、本書は日本の大手企業のビジネスパーソンのほか、官公庁に勤めている方、学校や病院の先生などにも読まれています」(和田氏)。このように、支持されている層の厚さ、幅広さが、初版から9年以上を経た現在でも売れ続けている理由だろう。



 コロナ禍でリモートワークが増え、働く人たちが同じ時間を同じ場所で共有することが難しくなった今、働く仲間と“同じ価値観”を共有することの重要性は、ますます高まっていく。ウィズコロナの時代へと突入し、「物理的な距離を越えても共有できる“コンテクスト”を理解するためのテキストとして、『入社1年目の教科書』の存在感はさらに増すように思います」と和田氏は期待を寄せる。



 コミュニケーションの手段がネットに変わったとしても、仕事にとって重要なのは「信頼される人間になる」こと。むしろ、直接顔を合わせない機会が増えれば増えるほど、その基本をおさえておくことは、ますます重要になるのかもしれない。

(文・河上いつ子)
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