コロナ禍での舞台制作者の現状 リモート生配信の是非「活動を止めてはいけない」

コロナ禍での舞台制作者の現状 リモート生配信の是非「活動を止めてはいけない」

 新型コロナウイルス感染拡大の影響で舞台公演のクラスター感染が起こるなど、劇場での公演開催が難しいなか、チケット制のリモート生配信にて7月4日よりロングラン公演を行う落語ミュージカル『劇的茶屋』。稽古から本番までスタッフ・キャストが一度も会うことなく、完全リモートで制作。劇場公演とは異なる形でいかに観客との「時間と空間の共有」を実現するか、コロナ禍において演劇界は社会とどのように繋がっていくべきか。同舞台を手がけた永野拓也氏(企画・脚本・演出・作詞)と高原紳輔氏(音楽監督・歌唱指導)が、大きなダメージを受けた今の演劇界の現状について語った。



【写真】見た目もキレイ…チケットに付く100年続く老舗のお茶菓子やおみくじ



◆生の芝居がいかにお客さんの存在に頼っているかを改めて実感した



──『劇的茶屋』の第1弾「謳う芝浜」は全20公演、約1000名が観劇したそうですね。



【永野拓也】 ありがたいことに日本全国、さらにアメリカやヨーロッパからもアクセスがありました。もともと『劇的茶屋』は「落語をベースとしたミュージカルでロングラン公演を実現する」ことを目指し、古民家での上演を企画していたんです。ご承知の通りのコロナ禍で図らずもフルリモート上演になったわけですが、結果的に演劇界においてずっと課題であった「(会場の)キャパシティ」や「(劇場までの)アクセシビリティ」を多少なりとも乗り越えることができました。



──チケットを購入すると上演日までに「お茶」と「お茶菓子」が送られてきます。このアイデアは?



【永野拓也】 僕も今回いろいろとリモート配信の芝居を観劇したのですが、生の芝居というものがいかにお客さんの存在に頼っているかを改めて実感する場面が、たくさんありました。

【高原紳輔】 制作者が作り、演者が届け、お客さんが受け取ったものをこちら側に返してくれる。この「循環」こそが生の舞台の喜びや魅力である熱気と一体感を生んでいた、ということに改めて気付かされたんですよね。

【永野拓也】 空間を共有できないなかで、いかにその「一体感」を生み出せるか。そうした模索の結果、上演前の「いただきますタイム」というアイデアが生まれたんです。



──演者の方の呼びかけで、チャット欄が「いただきます」で埋まったのは感動的でしたね。



【永野拓也】 僕らはもちろん、お客さんもそれぞれみんな違う場所にいる。それでもお茶を飲み、お菓子を食べるという身体性を伴う行為を同時にすることによって、『劇的茶屋』という空間で一緒に過ごしている感覚になってもらえたらと考えました。



◆回線環境の問題など、テクノロジー面でのフルリモート上演の難しさ



──お茶菓子のパッケージもステキで観劇の特別感を演出してくれるとともに、落語との相性もピッタリでした。



【永野拓也】 僕は演劇をやってきた人間ですが、もともと古典演芸を観劇するのも大好きで。日本においてオリジナルのミュージカルを制作するチャンスは非常に少ないのですが、継続的なシリーズを目指すにあたって演目が多く、サービス精神に満ちていて、かつ懐の深い文化である落語の力をお借りしようと思いました。巨人の肩に乗るってやつですね。それが『劇的茶屋』の企画の始まりでした。



──フルリモート上演にあたって、通常とはまったく異なる制作や稽古のご苦労もあったのでは?



【高原紳輔】 テクノロジーに関しては、すべてが一からの勉強でした。作品のクオリティを落とさずにお届けすることが第一だったので、まずは機材の準備から始めました。それも配信する側だけでなく、役者にも回線や映像、音声などの質が一律に保てるものを配りしました。それぞれ自宅のネット回線の環境が異なるので、どこまで合わせられるのか試行錯誤の繰り返しで、大変でしたが、うまくいったときの喜びも大きかったですね。

【永野拓也】 あとは照明もそうですね。役者さんにはそれぞれの自宅から演じてもらっているので、明るさを一律に揃えないと(物語の舞台となる)同じ長屋にいるようには見えないので。



──セリフのやり取りや歌唱などで、役者さんにはどんなご苦労があったようですか?



【高原紳輔】 やはり役者同士が生で顔を合わせてないぶん、間や呼吸を合わせるのは非常に大変だったようです。その点は、観ている側と演じている側が違和感を感じなくなるまで試行と改善を繰り返し、稽古し、埋めていきました。



──ロングラン公演を実現したなかで、トラブルなどはなかったですか?



【高原紳輔】 首都圏に大雨が降った日に、雷で回線が混線して配信が止まってしまったことがありました。稽古中にも配信にまつわるトラブルは何回もあってそのたびに対策は講じていたのですが、まさか天候にも左右されるとは(苦笑)。

【永野拓也】 ただ、そういったイレギュラーな事態を想定した稽古もやってきました。万が一配信が止まってしまったら、再開したときに「タイムワープか!?」といったセリフを入れるなど、さまざまなトラブルを想定し練習してきました。



──舞台役者さんはトラブルやイレギュラーな状況に強いイメージがあります。



【永野拓也】 生の舞台でもアクシデントを完全に回避するのは難しいですし、そこで慌てず、むしろユーモアでエンタテインメントに昇華するという、スキル面でも精神面でも非常に頼もしい役者陣でした。



◆コロナ禍で気づいた…演劇をいかに今の社会に寄与できるものにしていくかが課題



──コロナ禍で大きなダメージを受けた今の演劇界をどのように捉えていますか?



【永野拓也】 僕は演劇界の話ができる立場にないので極々個人的な話になってしまいますが、舞台ができなくなったことと同じくらいショックだったのは、尊敬する演劇界の先輩が出した声明に社会から大きな反発が上がったことでした。何がショックだったかって、その反発に納得する部分も多かった。演劇人の感覚が、社会全体の感覚と隔絶してきているのかも…そう感じてしまったことなんです。



──社会と積極的に繋がっていこうとする取り組みが、これまでの演劇界には足りなかったということでしょうか?



【永野拓也】 それは一概には言えません、努力されてきた先人もたくさん知っていますし。ただ僕の周りにも「自分の仕事は社会に意味がなかったんだろうか?」と鬱気味になっている人が少なからずいて──。やっぱり社会と繋がって、誰かに何かを届けて「ありがとう」と言ってもらえること。これが人間には必要なんですよね。それはどんな仕事でも同じで、演劇が特別だと僕は思っていません。

【高原紳輔】 足りなかったとは思いませんが、もっと何ができるのかは考えていきたい。僕自身は意見や好みを押し付けるのではなく、同じ思いを持つ人たちと手を取り合って明るい方に向かっていきたい。そういう思いで演劇をやってきました。だけど未知のものとの関わり方を見直したり、今の社会と演劇の橋渡しになるような活動ができたらと思っています。



──リモート演劇も橋渡しの取り組みの1つなのでしょうか。



【永野拓也】 僕はエンタテインメントというのは「リクレーション=RE(再び)+CREATION(創る)」だと思っているんですね。日々の仕事や生活で疲れたり、傷付いたりした心を回復させるためのもの。なのに劇場に足を運ぶこと自体で、不安な気持ちにさせてしまってはいけない。そう考えた結果で行き着いたのが、今回のリモート生配信でした。

【高原紳輔】 やっぱり劇場に行くことにハードルを感じている人はまだまだいます。オンラインによってある種の気軽さや、ハードルの払拭ができればいいなとは思いますね。

【永野拓也】 僕らはまだまだ若輩者で、先輩方から学ぶことだらけです。ただそうした先輩たちが培ってきたものを、いかに今の社会に寄与できるものにしていくか。このコロナ禍はそのことについて改めて考えるきっかけとなりましたし、これから僕ら若い世代が汗水垂らしてチャレンジと実践をしていかなければいけないことだと思っています。



◆たとえリモート演劇でも、活動を止めてはいけない



──今後の『劇的茶屋』の展望について伺えますか?



【永野拓也】 フルリモート公演としては第3弾「謳うお見立て」まで発表しています。その先のことですが、この状況が明けたら当初から企画していた古民家での公演をしたいと考えています。『劇的茶屋』は今のところ、演者もスタッフも少人数でやっているんですが、舞台というのは本来、制作者や演者以外にも多くのスタッフが関わるものであって──。



──フルリモートの『劇的茶屋』では、照明や音響のスタッフは携わってないですね。



【永野拓也】 まさにそこなんです。本多劇場で行っている『DISTANCE-TOUR-』は、劇場で上演したものを無観客で配信する舞台なんですが、その1つの目的としてあったのが「劇場やスタッフの仕事を生もう」というものでした。僕らにもずっとお世話になっている照明や音響といった仲間たちがいますが、現状は仕事を回すことができていません。だけど、たとえリモート生配信でも『劇的茶屋』を継続することでその先に繋げたいんです。



──制作者や演者が活動を止めてしまったら、「その先」のスタッフの仕事を生むこともできなくなる、ということでしょうか。



【永野拓也】 そうです。そういう意味でもできれば来年には、今は一緒に仕事をできていない仲間たちも巻き込んで、『劇的茶屋』の古民家公演を実現させたいと思っています。



(文/児玉澄子)
カテゴリ