ゼロイチ期待の新人・我妻ゆりかが語る、補聴器の記憶と感音性難聴

ゼロイチ期待の新人・我妻ゆりかが語る、補聴器の記憶と感音性難聴

 美人モデルが次々と誕生する芸能プロダクション・ゼロイチファミリアの新人タレントの我妻ゆりか(20)が6日、都内で行われた「2020年、渋谷。超福祉の 日常を体験しよう展」に出演。自身が愛用している補聴器についてのトークショーに参加した。



【動画】我妻ゆりかが出演した『2020年、渋谷。超福祉の 日常を体験しよう展』



 我妻は生まれつき感音性難聴で、両耳に補聴器をつけて芸能活動を行っている。雑誌の撮影の際も補聴器を付けたまま挑み、それを「個性」としている。今回は愛用している補聴器「OTICONオティコン」の「最新補聴器で聞こえが変わる。日常も変わる。」というテーマでのトークショーへ出演。その直後に我妻に感想を聞いた。



Q.今回に出演したイベントの感想を教えてください。



トークショーイベントは初めてだったのですが、小さい時から愛用しているメーカーのオティコンさんのトークショーイベントだなんてとても贅沢だなと思いました!

何回も練習して、絶対に成功させるぞ…!って気持ちがいっぱいで緊張していたのですが、皆が見守ってくれてるのがわかって、直ぐに安心して、私らしく皆さんとお話ができて、伝えたいことを発信できたのではないかなと思います!そして、いろんな話を聞けて、これから先の補聴器との未来がもっと楽しみになりました!ありがとうございました!



Q.幼少期の補聴器の記憶・(良い+悪い)思い出、発音・発語トレーニングについて



3歳ぐらいのときから「聞こえ」の教室に通ってました。

発音の練習をしていたり、舌の動かした方を練習してた、当時の私からするとそれは普通のことだったし、そこにいた友達と話せたり、舌にラムネ置いて食べれるのと、終わったあとプレイルームで遊べるのが好きで通い続けてましたた。聞こえないからそこに通ってるって自覚はなかった気がします。



Q.小学生の頃の思い出



小学校に入ってからは、周りの子達が自分が何度も聞き返したりする行動に対してキレたり無視されたりで、だんだん周りの反応がわかってきて、あぁこうしない方がいいんだなって分かってきました。

聞き取れなくても聞こえなくても、何も聞かないことが1番いいんだなって察したけど、毎回怒られる理由が聞いてませんでしたってなってしまう私は、周りから常に先生にわかるまで聞きなさいって言われたことがすごく苦痛でした。それだけじゃ無いのかもしれないけど、私は3年間クラスの皆から虐められてた。辛かったし怖かったけど、ママを悲しませたくなくて誰にも頼れなかったです。

だけどそんな小学校生活の中で、唯一嬉しくて20歳になった今もずっと覚えてるのは、少しだけいた友達に「その補聴器かわいい!!アイドルが付けてるやつじゃん!」って言われたこと。

彼女は補聴器の意味は多分知らなかったんだろうけど、そのときだけは自分の補聴器がカッコイイと思えたし何だか誇らしかったです。



Q.音楽が大好きだとお聞きしましたが。



例えば小さい頃から私にとって音楽は楽しいものでした。

だけど小学校になってからは音楽の授業でみんなの前で歌って音程がずれてるとか、口を大きく開けてるかとか、できないことをできることのように判断されるのが1番泣きたい時間でもありました。

1番大好きな音楽が1番嫌いになる時間だった……。



合唱コンクール練習期間のとき、音を正確に耳に入れることができず音程が取りづらい私にとって、それは難しかったです。

だけどそれをどんなに説明しても「練習したらできるようになるよ!」って言われつづけてて苦痛でした。



Q.中学生の時はどのように向き合ってらっしゃったんですか?



中学生のときは、自信がなくてそもそも補聴器をつけてることがコンプレックスでした。

好きな人につけているところを見られたくなくて、わざと髪の毛を隠す髪型をしたりしてた。私の「補聴器」はみんなに嫌われる要素だと思ってたんです。

将来の夢はあったけど不安で、その夢をちゃんと口に出していいのか不安で。

理由は、大人たちは私を受け入れてくれなくて、期待して何度も裏切られたって思って。だから期待すればするほど自分が深く傷ついちゃいそうだなと思っていました。



Q.少しずつ変わってきた意識と大好きなこと



高校では少しずつだけどたくさんの人に愛されて、過ごしやすくなりました。必ずしも、補聴器をつけてる事が嫌われる要素じゃない、愛される、愛されないの判断にはならないことに気づいたんです。

そこから自分のやりたいって気持ちとワクワクする気持ちに素直に動くようになりました(やってみたいアルバイトに応募する、お仕事をしてみたい会社にエントリーシートを送る、交流会に参加して色んな人とお話をする)。

そのうち、写真を撮られるのがすきなことに気づいて、写真を撮られることを始めました。写真は自分を表現できる時間で耳が聞こえなくても自由を感じることができたんです。

でもやっぱり写真を撮られる時も私にとって補聴器は体の一部だけど写真には映らない存在で、その方がいいんだろうなってやっぱり思ってました。

だからやっぱり補聴器は髪型で隠してたし、大好きなアップの髪型はしないようにして。補聴器を買いに行く時だって色を決める時は髪型になじむからって黒色にしていました。

それが私の20年の人生だし、それが私の普通だったんです。



そんな感じで私の人生は進んでったんだけど、それを一変する出来事がある日起きました。

それは今の事務所のマネージャーさんと出会った時で、私が「え、でもわたし補聴器つけてますよ…?」って聞いたらその時マネージャーさんは私にこう言ったんです。

「そんなの関係なくないかな?むしろそれは我妻さんしか持っていない個性だと思うんだけど。今はまだコンプレックスかもしれないけど、コンプレックスは必ず武器に変えれるんだよ。」と。

単純かもしれないけど、その日、私はその言葉を信じることに決めました。



だから今があって今、嫌いだった自分のこと凄く好きになれたし「補聴器をつけている私が私なんだ」って自信を少しずつ持つことができてそれがほんとに幸せで。

今私が嫌いだった私自身をすごく好きになれたのはそうやって愛してくれる周りの人達がいるからだと思います!





Q.最後に皆様に一言。



はい、初めまして!我妻ゆりかです!

私は生まれつき耳が悪くて補聴器をつけています!2020年超福祉展での初めてのトークショーイベント緊張しました…!!

でもありのままに楽しんで無事に終わることができました!!



YouTubeのアーカイブで見れるので、是非見てください!そしてSNSのフォローもお願いします…!(笑)

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