松重豊、小説家デビューは“逃げ道”?「俳優を続けていくことには日々迷いも」

松重豊、小説家デビューは“逃げ道”?「俳優を続けていくことには日々迷いも」

 名バイプレイヤーとして数々の作品に出演し、2012年には初の主演ドラマ『孤独のグルメ』や主演かつ猫役の『きょうの猫村さん』が話題になるなど、30年以上のキャリアの中で常に挑戦する姿勢を持ち続けてきた俳優・松重豊。24日にはステイホーム期間中に執筆し、自ら出版社に送ったという小説+エッセイ集『空洞のなかみ』が刊行される。これまで400作品以上に出演しながらも「俳優は向いてないと思うことの方が多い」と語る松重が57歳にして小説家デビューを果たした理由とは。



【写真】猫の家政婦に化ける松重豊 大ヒット漫画『きょうの猫村さん』実写化



■役者として感じた“違和感”を文章に反映 “言葉にしたい言葉”で紡ぐ独特のリズム感



――エッセイは『サンデー毎日』で連載されていたものですが、短編小説はステイホーム中に書かれたそうですね。



【松重】ステイホーム中は時間があったので、家でスイーツを作るか妄想しながら小説を書くぐらいしかやることがなかったんです(笑)。だけど書くことに没頭しているうちに楽しくなってしまって。もともと引きこもり体質なので、執筆作業が性に合っていたんでしょうね。それで、書き溜めていくうちに短編小説という形になったので、エッセイと共に書籍化することになりました。



――俳優という職業は役柄も設定も決まっていますが、100%ご自身の自由な想像力で書ける小説やエッセイというのはお芝居とは全く違う楽しさがあるのではないでしょうか。



【松重】そうですね。現場では台本に書かれた台詞を話し、監督の演出や編集に委ねる部分も大きいですから、俳優は自分で物語を作るというよりは注文に応える職業ではありますよね。だからこそ、これまで人が書いた台詞を放った時のリズムや語調で時々感じていた気持ち悪さを、自分が書くものに関しては極力無くしたいという意識が働きました。朗読してみるとよくわかるのですが、“言葉にしたい言葉”で構成されていて、それが独特なリズムを生み出しているので、楽しみながら自分にとって気持ちの良い文章を書けたのではないかなと思います。



――小説もエッセイも俳優の裏側を覗いているような不思議な感覚になりました。



【松重】特にエッセイのほうは役者稼業の心象風景みたいなものを書いてますからね。バイプレイヤーと言われている俳優ならば「こういう景色あったな、経験したな」と感じるのではないでしょうか。



■座禅を組み悟った “俳優としてのこだわり”を排除するというこだわり



――小説の中で廃業を考えている俳優が、自身が演じる役を知らないままお芝居をしているという描写が面白かったのですが、松重さんご自身はどのようなスタンスで役と向き合ってらっしゃいますか。



【松重】小説に京都のお寺でのエピソードが出てきますが、僕は昔、京都のお寺で仏教を勉強したり般若心経を読んだり、座禅を組んだりしたことがあるんですね。その時に、自分の価値で全てを決めるのではなく、俳優としてのこだわりをとことん無くしてしまったほうが自由になれるんじゃないか、ということにふと気付いたんです。小説の主人公のように「今日はなんの役を演じるんだっけ?」ぐらいの感覚で、何も考えずに現場に行くほうが良いのではないかと。それ以来、「俳優としてこうありたい」「この役はこう演じるべきだ」というこだわりを排除してお芝居するようにしています。



――過去には俳優活動を休止していた期間もあったそうですが、そんな中でも俳優として復帰されたのは何かきっかけがあったのでしょうか。



【松重】休止中に「もう一回芝居をやらないか?」と誘われて自然な流れで復帰したので、「また芝居をやりたい!」という強い衝動が自分の中にあったわけではないんです。お恥ずかしい話ですが、当時も今も俳優を辞めたいと思うことは何度もあって、「向いていないなー」と思うことの方が多いですし、「果たして俳優を続けることが本当に自分に合っているのだろうか?」と日々疑問に感じていたりもするんです。



――長年俳優としてのキャリアを築かれてきた松重さんでも「辞めたい」と思うことがあるのですね。



【松重】俳優の仕事は役を頂いて初めて成り立つものですが、年齢を重ねていくとともに、ニーズが減ってきたなと実感することがあるんです。例えば作品の登場人物の中でこの年代の人は一人だけとか、そういうことが年々増えていくわけで、そのポジションを戦い抜いて獲得するのは非常に困難なんですよね。じゃあ何か別の道でも探してみようかと思っていた時期に、エッセイの連載のお話を頂いて「助かった!逃げ道が見つかった!」と。とてもありがたく感じました(笑)。俳優業の他に、小説やエッセイを書くという道を見つけられたのはとても良かったですね。



■俳優人生を大きく変えた『孤独のグルメ』は「どこが面白いかいまだにわからない(笑)」



――今回の執筆業だけでなく、ラジオのパーソナリティー、昨年は『ヒキタさん! ご懐妊ですよ』での映画初主演など、常に新しいことに挑戦されていますよね。最近ですと『きょうの猫村さん』の猫役が衝撃的だったのですが、こういったチャレンジングな役に挑まれる時に何か気をつけていることはありますか。



【松重豊】例えば猫村さんだったら「ヨシ! 猫に見えるように演じてやろう!」と気合いを入れて挑むと絶対に失敗するんです。だから「あ、猫か…猫ね…」と言いながら現場に行って、自然に猫を演じることが大事というか。僕はユルさの中にリアリティがあるような気がしているので、架空のものとどう折り合いをつけて演じるかが全てのように思うんです。猫のリアリティは俳優の熱情で出せるものではないので、時代の空気を読み、いま猫がどんな風に世の中に愛されているのかを見ながら、自分の器の中にシュッと猫村さんを入れる、ただそれだけですね。



――『空洞のなかみ』というタイトルがそれを物語っていますよね。



【松重】僕の場合は空洞になったところに猫が入ったり食いしん坊が入ったりするだけなんです(笑)。



――『孤独のグルメ』は初主演にして2012年から現在まで続く人気シリーズになりました。



【松重】僕はいまだにどこが面白いのかわからないんですけどね(笑)。ただ一人で飯食ってるだけなのに、なぜこんなに反響を頂けているのか腑に落ちてないです(笑)。でも、始まる時はきっと黒歴史ドラマになると思っていたのに、あれで僕のバイプレイヤー人生が大きく変わったので、こんな感じでがらっと人生変わることもあるんだなーと。でも、それが人生ですよね。



――(笑)。リアリティを出すために他に意識されていることはありますか。



【松重】なるべく相手役を俳優と思わずに、○○さん(役名)だと思って台詞を言ったり、「いまカメラはこういうカットを撮っている」とかも意識せずに、ドキュメンタリーカメラで覗かれている感覚でいることを大事にしています。ドラマや映画の家族のシーンを観ていて「夫婦の生々しいやり取りを覗いてしまった…」と思う時って結構エグいじゃないですか(笑)。そのエグさがドラマチックだったりするので、芝居だということをあまり意識せずに、旦那目線で“本当に嫌な妻だな”と思いながら夫婦の会話シーンを演じるほうが、観る人にリアリティを感じて頂けるんじゃないかなと思います。



――これからも様々な役柄を器に入れていかれると思いますが、他の誰でもない松重さんにしか生み出せないエッセイや小説も書き続けて頂きたいと心から願っています。



【松重】ありがとうございます。僕はどちらかというと、これまでゴールデンタイムで20%の視聴率をとるドラマではなく、深夜枠の視聴率5%のドラマで成長させて頂いたと思っているので、『空洞のなかみ』も100人全員が面白いと言わずとも、100人のうち5人でも“これ面白いね”と言ってくださる方がいれば、いくらでも書くつもりではいます(笑)。俳優としてはこれからも変わらず“空っぽ”を貫いていこうと思います。



 「俳優は向いていない」と語りながらも何の役でも入れることができる松重の“空洞”は、あらゆる場面で演じていることを思わせない自然さを醸し出す。『孤独のグルメ』でも、「ただ一人で飯食ってるだけ」のシーンをあれほどリアルに演じることができるのは、カメラの位置や芝居をしているということ自体を意識せず、“俳優としてのこだわりを持たない”松重だからこそ成せる業に違いない。ついには人間のみならず猫の役までも自然にこなしてしまう松重が小説家という新たな武器を手にし、さらに本作のエッセイを朗読する動画をYouTubeで配信するなど、演技にとどまらない彼の“空洞”がどこまで変貌を見せてくれるのか、今後も期待したい。
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