川島ケイジ、内面に踏み込んだ新曲で超えた“ある一線”

川島ケイジ、内面に踏み込んだ新曲で超えた“ある一線”

 2016年8月に、アルバム『KEIJI』でメジャーデビューした川島ケイジ。『THEカラオケ★バトル』(テレビ東京系)で歌った「Woman"Wの悲劇"より」が巷でも話題を呼んだので、彼の歌声を記憶している人も多いだろう。あの曲で世間に知らしめたのは、圧倒的な歌唱力と繊細な表現力。今は亡き音楽産業の重鎮・石坂敬一氏に「声がいい、絶対売れる」と言わしめた彼が新境地を開いた新曲「シロヨヒラ」が、あす10月22日に配信リリースされることになった。彼の歌声に内在する突き進むような強さを封印し、静かな表現にこだわったこの曲。そこにあったのは、自分の内面をさらけだす覚悟だった。



【アザーカット】インタビューに応える川島ケイジ



■「遊びに来いよ」のひと言から引き寄せたChageとの運命の出会い



 川島ケイジが注目を集め始めたのは2015年頃からだろう。Chageとの活動や『THEカラオケ★バトル』での歌唱が注目されたのがこの頃だ。



【川島】以前、僕が静岡でラジオ番組をもたせてもらっていた時のディレクターさんがChageさんのラジオ番組も担当されていて。その方が僕のことをChageさんに紹介してくれ、Chageさんの「今度遊びに来いよ」のひと言を素直に受け取ってお菓子持参で事務所に伺ったんです。たまたまご本人がいらっしゃって「お前本当に来たのか、面白いやつだな」とおっしゃってくれて、そこから付き合いが始まりました。Chageさんには本当にお世話になっていて、Chageさん主催のFESに出演させてもらったり、全国ツアーに同行させてもらったり、本当に色々な経験を積ませていただきました。

 『THEカラオケ★バトル』は、事務所主催のイベントに出演して「Woman"Wの悲劇"より」を歌った時に、来場されていた同番組スタッフの方から出演を打診されたのがきっかけでした。



 シンガーソングライターとしては、自分の作品で勝負したいところに、降ってわいたようなカラオケバトルへの出演。本人の中で心の葛藤はなかったのだろうか。



【川島】ありましたね。もちろんオリジナル曲で勝負したいという気持ちは強かったのですが、僕をメジャーデビューに導いてくれた石坂敬一さんに「点数は気にしなくていいから思い切り歌ってきなさい」と言葉をかけていただいて、それでふっきれました。結果、点数は低かったんですが、たくさんの方から反響を寄せてもらえたことが大きな自信に繋がりました。そこからですね、自分の考え方が変わったのは。今は自分自身のすべてが歌を聴いてもらうための武器なんだと思ってやっています。



■「シロヨヒラ」で亡き父を想う本当の自分をさらけだした



 ところで、新曲の「シロヨヒラ」だが、聞きなれない言葉だ。ヨヒラは四葩と書く。4枚の花弁のことで、紫陽花の異名だという。



【川島】この曲は小林麻央さんが亡くなったのを知った時に作った曲なんです。彼女が若くして亡くなられ、子どもたちが残されたというニュースを見た時に、僕が9歳の時に病気で亡くなった父のことが重なり、残された人たちの想いと旅立つ人の想いを歌にしたいと思いました。



 叙情的でシンプルな言葉と感情をおさえた歌。これまで川島ケイジが世の中に届けてきた歌は、圧倒的な歌唱力を活かした強い作品が多かったが、この曲はそれらとはちょっと違う作品という気がする。



【川島】この曲を作った時には、ライブの余韻を残すようなひっそりと静かな曲として捉えていました。ところがライブで歌いはじめると「感動しました」という声が多く届くようになって、みなさんの心を動かす曲は自分の予期しない形で広まっていくものなんだなと…。それでなおさらこの曲をみなさんに知ってもらいたいと考えるようになったんです。特に、自分の中では父親に対する思いはずっと触れられずにいたのですが、この曲で初めて、本当の自分、素の部分を出した感じです。



 シンガーソングライターとして作品を作り続ける場合、自分のすべてを包み隠さず吐露してしまうのか、それともオブラートに包みながら作品作りをしていくのか、たぶん誰もが悩むところなのではないだろうか。川島ケイジがこの曲で1枚自分のベールを脱いだことで、彼の世界は間違いなく広がったといえる。



【川島】女性のファンが多かったこともあって、結構かっこつけてるところもあったんですね(笑)。家族について触れることは僕の中で勇気が必要だった気がします。でもその一線を越えたことで、自分の表現の何かが変わったのかもしれません。父が亡くなった時の情景は今でも覚えています。最初はあまり実感がなくて、でも日が経つにつれて愛する人がいなくなるということを子供ながらに実感していきました。父と母は地方を回る劇団員として知り合い結婚し、郷里の和歌山に帰ってからは、仕事の傍ら地元の青年団に踊りを教えたりしていました。お祭りやイベントの最後に父が舞台にあがって挨拶する姿がかっこよくて感動したことが記憶に焼き付いています。考えてみると、こうして自分が東京に出て音楽活動を続けているのは、両親の夢の続きを受け継いだような感じさえします。



 大切な人を亡くした時の想いは誰にも共通するものだろう。あえて詞もメロディーもシンプルにすることで、その人それぞれの郷愁に寄り添える作品になっているように思う。



【川島】この曲の詞の中で“小さな手を離さずに”というところは、仕事から帰ってくる父を車まで迎えに行って父に手を引かれて家に戻っていく、そんな子供の頃の情景を思い出しながら歌にしました。そこにこの曲への僕の想いが凝縮されています。また、最後の“灯りが戻る”という詞は、あえて“灯る”ではなく“戻る”としたんですが、様々な災厄からの復興への願いを込めました。親愛なる人との別れというストーリーはみなさんそれぞれにあると思うんです。そんな心の奥にある思いにつながっていけたら理想ですね。



 今回のシングルは配信のみでの展開だ。パッケージ世代であろう川島にとってシングル盤を出さないということは、どんな意味を持つのだろうか。



【川島】僕もCDを持って歌詞カードを見ながら音楽を聴いていた世代なんで。配信だけっていうのは淋しいですね(笑)。ただ、今回はとにかく歌を聴いてもらいたいという思いが強くて、メロディーと言葉でどれだけのものを感じてもらえるかの勝負をしました。アカペラでスタートして、途中からピアノが、次に弦が入るだけのシンプルな構成です。1番では自分をおさえながらどう伝えるのかを考え、2番では少し口角をあげながら寂しさの中にも前に進んでいく心情を表現しました。



 彼のアーティスト人生は、最近でこそ注目度も高まってきているが、それでも順風満帆とは言い難い。この作品が、彼のアーティスト活動にどんな変化をもたらすのかは興味深い。



【川島】アーティストとして活動していくなかで、良いこともあればそうでないこともありました。でも、さまざまな経験がこれからに生きてくると思うんです。これまでにもたくさんの得難い経験をさせていただきましたし、ご縁が繋がって応援してくれる方も多くなってきました。機は熟したように思います。様々な場面で感じた想いを、これからも作品にしてステージの上でみなさんに伝えていきたい。この「シロヨヒラ」は、みなさんの心の奥にある何かを開放してそっと背中を押してあげるような曲として広がってくれればうれしいです。
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