『めちゃイケ』『電波少年』を下支え アニメに頼らない“声優”木村匡也、ナレーターの矜持

『めちゃイケ』『電波少年』を下支え アニメに頼らない“声優”木村匡也、ナレーターの矜持

 伝説のバラエティ番組『進め!電波少年』『どっちの料理ショー』(ともに日本テレビ系)の復活が話題を呼んでいるが、両番組でナレーションを務めていたのが声優・木村匡也。そのほか『めちゃ×2イケてるッ!』『クイズ$ミリオネア』など担当番組は数知れず。1990年代~2000年代のバラエティ黄金期を軽妙な声色で盛り上げ、現在も『がっちりマンデー!!』(TBS系)など第一線を走り続けている。近年、アニメのキャラクターと一体となって人気を博する声優が多いなか、ナレーション1本で、30年以上にわたって活躍してきた同氏の矜持とは?



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■地声は低めのダンディボイス 二枚目路線”でキャリアスタート



 数々の高視聴率バラエティを担当してきたナレーター・木村匡也氏。近年では、『がっちりマンデー!!』のほか、お正月特番としてすっかり定番となった『芸能人格付けチェック』(テレビ朝日系)における「品格な~しで映す価値な~し」など、軽妙かつテンポのいいナレーションで番組を盛り上げるその"声"を誰もが一度は耳にしたことがあるだろう。



 だが、インタビューの質問に真摯に答える木村氏の地声は、番組のテンションからは意外なほどダンディで落ち着いた低音。それもそのはず(!?)、そのキャリアは地元福岡の大学在学中の1989年、TOKYO FM主催のDJコンテストでグランプリを獲得したことから始まる。



「ちょうどJ-WAVEが開局して、英語混じりで曲紹介をする"FMっぽいディスクジョッキー"が注目を浴びていた時代でした。僕もたまたまアメリカの留学先でカレッジFMの運営に携わっていたりと多少英語ができたこともあって、アルバイト感覚でエントリーしたところ、あれよあれよと……」



 やがてラジオのみならず、レコード会社の洋楽のCMやディスコの司会など仕事が引きもきらないようになり上京。そうした、いわば「カッコいい」「二枚目路線」の声の仕事をメインとしていた木村氏の転機となったのが、92年に始まった『進め!電波少年』(日本テレビ系)への抜擢だった。



「いわゆる“二の線”のカッコイイ仕事ばかりやっていた時期に、あるレコード会社に“レコード会社版のテリー伊藤さん”みたいな変わったことばかりやる方と出会いまして。その方が、『お前、かっこいいものばかり作っててもしょうがないだろ。「スネークマンショー」(1970年代後半に結成されたラジオDJユニット)みたいなことやるから、お前やってみろ』って言われて、デモテープを作ったんです。今では放送できないような内容で、その時も表に出なかったんですけど、そのテープが巡り巡って『電波少年』のスタッフに渡って『こいつ面白いんじゃないか』と思っていただけたようでオファーをいただきました」



■2人の“バラエティの天才”との出会いが今の木村匡也を作った



 二の線”からバラエティへの転身は「まったく抵抗なく、どこまで持つかわからないけどやってみよう」と前向きに挑戦。だが、実際にやってみると思わぬ落とし穴が。



「そのとき初めて気付かされたんですよね。『俺、滑舌が悪かったんだ』って(苦笑)。番組の内容を視聴者にわかりやすく伝える、あるいはさらに面白くホップさせるのがナレーションの仕事。軽薄にやっているようで、そこにはしっかりした技術が欠かせないんだと、それまで英語混じりでごまかせていたものが完全に覆されました。以降は今に至るまで、ひたすら訓練と勉強の日々ですよ」



 そんな努力もあって『進め!電波少年』では、当初2ページしかなかった台本が、番組終盤には数十ページのナレーションを任されるほど番組に欠かせぬ存在に。そんな木村氏が、『進め!電波少年』と共に、特に鍛えられたと振り返るのが、1995年10月開始の前身番組『めちゃ×2モテたいッ!』から、2018年3月の番組終了までナレーション担当を"完走"した『めちゃ×2イケてるッ!』(共にフジテレビ系)だ。



「ご存知の通り、『めちゃイケ』は放送回によって番組のトーンがガラリと変わります。ひたすら笑える回もあれば、シリアスな感動を誘う回もある。それだけに、ナレーションのトーンもたくさんの引き出しが必要でした。ただ(番組総監督の)片岡飛鳥さんとは、1歳違いと同年代で共通体験も多いため、例えば台本に『説明しよう!』と書かれていたら、『なるほど、"ヤッターマンの富山敬さん風"だな』など“共通項”を例に出しながら、対応できたのはよかったですね。(片岡さんとは)『めちゃモテ』の前身といえる『とぶくすり-Hi[gh]-YAKU-』(フジテレビ系)からの付き合いなんですけど、でも、収録日にいきなり『今日は◯◯さん風で』とオファーされることもあるから、こっちはヒヤヒヤものでした(笑)。とにかく話題の番組は一通り観てナレーションの特徴やケレン味をつかみ、さらにどこまで似せられるか自分でも読んでみるといった研究は、本当にたくさんやりましたね」



 「(『電波少年』のTプロデューサーこと)土屋(敏夫)さんと、片岡さんがいなければ今の僕はない」と木村氏は感謝している。



「当時のバラエティ界のトップである2人に、僕は育てていただきました。ナレーターって収録のとき、横にプロデューサーがいてどうするか的確に指示を出してくれる。しかも、ディレクターが作ってきたVTRの修正点とかもその場で伝えられるので、そういったやり取りを見られたことが一番大きかった。演出の意図を最前線で学べたので、日々勉強でしたね」



■ナレーターは読み手の顔や人格を想像させてはいけない



 これらバラエティの仕事がフィーチャーされがちだが、実はドキュメンタリーなどの“硬派”な仕事も多く、情報バラエティ番組『サカスさん』(TBS系)で「プロのナレーターが選ぶすごいナレーターベスト5」の1位に選ばれたこともある木村氏。その技術と実力は同業者からも高く評価され、現在はナレーションスクールの講師や、局アナウンサーのナレーション指導を務めるなど、後進の育成にも精力的に携わっている。特に近年はキャリアを経たプロの声優に指導することが増えているという。



「(アニメなどを手掛ける声優は)若さやルックスが求められる時代だけに、ある程度の年齢になって『仕事の幅を広げなければ』と危機感を持つ人もけっこう多いんです。ただ、同じ声を操る仕事でも声優とナレーターではまったく異なります。声優が『キャラクターと一体となって視聴者の心に深く突き刺さる分野』であるのに対して、ナレーターは『ニュートラルなボイスを駆使する分野』。つまり読み手の顔や人格を想像させてはいけないんですね。その逆をついて『キャラクターのイメージがたっぷりついた声』をあえてナレーションに起用する手法もありますが、その場合でもやはり『視聴者に第三者的な価値観を入れさせない読みの技術』と、それをつかむための『地道な基礎訓練』は必須。TARAKOさんや三石琴乃さんといった方々は本当に努力されて『声優がナレーションをやる』という道を開拓されたんだなと思いますね」



 実に30年以上にわたり、ナレーションという「ニュートラルなボイスを駆使する分野」の第一人者として活躍してきた木村氏。だが来春、55歳にして新たなことに挑むという。



「ありがたいことにオファーをいただき、来年4月放送のアニメーション作品に声優として出演することが決まりました。55歳のウルトラ遅咲きデビューです(笑)。アフレコを行っているのですが、現場で監督さんから『そんなに綺麗に読まなくていいですよ』と指摘されまして。やっぱり実際にやってみると、思っていたことの半分も表現出来ないので、『さすが、声優って難しいなぁ〜』と実感しているところです。ナレーションを30年やってきましたけど、自分の声もまだまだだなと痛感しました(苦笑)」



 トップランカーとしての地位に安住せず、自らが培ってきたものとは異なる声の技術を持った職業(=声優)へのリスペクトも忘れない。と同時に、今も“現役”である以上、若手には負けたくないという気持ちは強い。



「アニメの声優を経験したことで、ナレーションに挑戦したいという声優さんたちをますます応援したくなりましたね。一緒に切磋琢磨しましょう!だけど、お正月の『格付けチェック』は、まだまだ若いもんには渡しませんよ(笑)」



取材・文/児玉澄子
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