「エンタ芸人」最後の砦? コウメ太夫、15年芸風を変えない凄み…マンネリから“様式美”へ

「エンタ芸人」最後の砦? コウメ太夫、15年芸風を変えない凄み…マンネリから“様式美”へ

 『エンタの神様』でブレイクしたコウメ太夫。その後、番組終了とともに一発屋へと消息したかと思いきや、昨年末の『ガキ使』をはじめ、『全力!脱力タイムズ』にも度々出演し、今年の『エンタ』特番にも12年半ぶりに単独出演している。同時期に活躍していたオリエンタルラジオ、小島よしおやヒロシは、いずれも芸風やフィールドの“マンネリ”を迎え、それぞれ新たな道を開拓している中、15年芸風を変えることなくテレビ界に生き残るコウメ太夫の“しぶとさ”の秘訣とは。



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■「エンタ芸人」として一躍ブレイクも“マンネリ”化、私生活ではシングルファザーに…



 コウメ太夫は、かつて梅沢富美男劇団に所属し女形を演じていたが、1997年にお笑いに転身。2000年からコンビを組み、芸名は本名の“赤井貴”でボケを担当していた。鳴かず飛ばずだったが、『エンタの神様』(日本テレビ系)でブレイクした波田陽区を見て、「これからはキャラクターものがくる」と確信したとのこと。梅沢劇団にいた経験を活かし、自分が女形、相方に殿方をやってくれと頼むも即答で断られ、コンビ解散に至る。



 しかし、やむを得ずピンの女形で『エンタ』に初出演(2005年)すると、目論見通りブレイク。青木さやか、波田陽区、ですよ。などとともに「エンタ芸人」と呼ばれた。翌年には、ネタを収録した「小梅日記」でCDデビューを果たし、着うたは80万DLを突破。だが、同番組は2010年に番組終了を迎え、エンタ芸人=“一発屋”と呼ばれた。コウメ太夫も例に漏れず芸のマンネリを迎え、人気絶頂期は400万円あったという月収が3千円にまで落ち込んだと明かしている。



 そんな暗黒期ど真ん中、プライベートでは2009年に離婚の追い打ちがかかる。長男の親権はコウメが持ち、シングルファザーとなった(現在はコウメの母と3人暮らし)。同年はコウメ太夫の人生の転換点となったようで、占い師に「小梅をコウメに変えないとトラックにひかれるわよ!」と言われ、芸名を小梅太夫→コウメ太夫に改名。離婚前、『キズナ食堂』(TBS系)ではコウメ一家の密着レポートが放送されていたが、仕事がないのにダラダラするばかりの姿はまさにダメ人間。突然、妻が姿を消したことから企画自体が放送中止となり、そのまま離婚という最悪の結末を迎える。



■芸風変えずとも、不動産管理にダンス、演技、SNSなど多才っぷりで息の根絶えず?



 月収3千円で子育てができるのかという疑問が湧くが、彼には切り札があった。マネージャーに「そろそろ仕事なくなる」と言われたことを機に、離婚直前、貯金で5000万のアパートを購入していたのだ。その家賃収入で今も生活しているという。月収400万の時に毎月350万ほど貯金していたという堅実さと、アパート購入の決断力があったからこそ生活を維持し、芸人を辞めることなく続けられているのだろう。



 その後、意外なことに2013年の『第一回ムーンウォーク世界大会・おもしろ部門』(マイケル・ジャクソンのパフォーマンスで有名なムーンウォークを競う大会)で準優勝している。また、歌手・佐藤広大のMVや昨年末の『絶対に笑ってはいけない青春ハイスクール24時!』(日本テレビ系)では、キレキレなダンスを披露したことも話題に。実は、子どものころはマイケル・ジャクソンに憧れ、中学時代にはジャニーズのオーディションを受けたこともあるとか(結果は落選)。さらに、今年10月には深田恭子主演ドラマ『ルパンの娘』(フジテレビ系)でドラマ初出演。白塗りメイクなし・ギャグなしで無職の寸借詐欺師を演じ、意外な演技力に称賛の声も寄せられた。



 そして、数年ほど前からじわじわと話題になったのが、2011年から地道に続けていたTwitterだ。2016年から「#まいにちチクショー」のハッシュタグをつけ、「森にいると思っていたら~ 林にいました~ チクショー!!」「アイスクリ~ムを食べているかと思ったら~、よく見たら運転免許証でした~ チクショー!!」といった、お決まりネタを毎日更新。当初は、「面白くない」「芸人やめろ」との批判が寄せられ本人も戸惑ったというが、継続していくうちにフォロワーが増加。その独特な世界観ツイートをイラスト化したり、毎日★の数で評価したり、哲学的に解説する強者フォロワーまで現れるなど世間をしっかり巻き込み、当初2000人ほどだったフォロワーは今や15万を超えている(認証マークはなし)。



■迷走していたコウメを支えた有田哲平の一言 加藤浩次、おぎやはぎも称賛する様式美へ



 そんな暗黒期も必死にもがいていたコウメに対し、「最近意味わかんないネタばっかりやってるじゃん。ずっと続けろよな。絶対ぶれちゃダメだからね」と助言したのが、くりぃむしちゅーの有田哲平だ。番組共演時に呼び出され、怒られると思いきやそう励まされたという。「それからずっと意味わかんないのやってたら、ほかの歌番組とかにも呼んでもらえるようになった」と、今年5月放送の『ボクらの時代』(フジテレビ系)でコウメ本人が語っている。



 また、加藤浩次がMCを務める『スッキリ』(日本テレビ系)にもたびたび出演しており、今年3月には「スプーンかと思ったらリンゴでした~ チクショー!!」という?なネタを披露。加藤は「概念がまったく違う。概念の枠が違うからさ、自分の概念の狭さに今、すごいショックを受けている」「50年生きてきてこんなにビックリしたことはない。概念がぶっ壊された。ダリの絵画だよね、ダリだよ」とコメント。Twitterでも「コウメ太夫」がトレンド入りした。6月にも同番組で、「世界の中心でチクショーと叫んだら~ シロップが落ちてきました~ チクショー!!」と“ブレなさ”を発揮。スタジオは沈黙に包まれたものの、やはり加藤は「コウメ太夫のネタを聞くと愕然とするのよ! 俺は何をやって生きてきたんだろうって」としみじみ語ったのであった。



 同業支持者はまだまだおり、おぎやはぎもコウメの“ブレなさ”を度々称賛している。前述の3月の『スッキリ』放送日には、自身のラジオ番組で「おんなじことをずっと続ける、この凄さっていうのをわかってほしい」「本当に悩むんだぜ?芸人って」と感心。また矢作兼が、以前番組の共演者にコウメ太夫のネタをやらせた際には、「コウメの『チキショー!!』っていう言い方や声量は誰も敵わない」と感じたとのこと。小木博明も「おんなじことを続けた人って、違う。もうプロ。職人なんだよ」と同意した。



 『水曜日のダウンタウン』(TBS系列)では、「決めゼリフが封じられた芸人の営業地獄説」「コウメ太夫にネタのダメ出しされた後輩、誰一人何一つ直さない説」「そんなわけがない芸人でも情報番組からコメンテーターのオファーが来たら、身の程をわきまえず引き受けちゃう説」などの企画で出演。かつてコウメが半年で劇団を辞めたことから「くっその役にも立たなかった!」と話す梅沢富美男も、『ミヤネ屋』(日本テレビ系)で宮根誠司から「コウメ太夫をやってほしい」と頼まれると、本当に実演しTwitterで公開するなど、今年芸歴23年、48歳を迎えたコウメ太夫だが、先輩後輩関わらず誰からもいじられる存在になりつつある。



■トークが苦手なコウメにコント番組終了の逆風 それでもめげない原動力とは



 かつて志村けんさんやダウンタウンのコント番組に憧れ、「お笑いを仕事にするならやっぱりコントをやりたい」と話していたコウメ太夫。しかし、『エンタ』をはじめとしたコント番組が近年相次いで放送終了を迎え、トーク番組の時代となった。それに対してコウメは、「俺はもう、ひな壇で面白いお喋りなんて全然できませんから。もう一度コントの時代が来てくれたら俺、がんばっちゃうんですけどね」と語っており、いわば時代に取り残された感もあるが、同時に「続けていればまだチャンスはありますから。今はネットから売れていくことが多いので、そっちを狙ってます」とも話していた。



 実際、芸風を変えなかったことに対して数々の大物芸人から称賛が寄せられ、各番組での再出演が叶っている。また、当初は「つまらない」と批判を浴びながらもしぶとく続けてきたTwitterも、結果的に再評価につながっている。同じ「エンタ芸人」のオリエンタルラジオ・中田敦彦は教育系YouTuber、ヒロシはキャンプ、小島よしおは子どもの世界へと飛び立っていった。変わる勇気もあれば、変わらない勇気もあり、変わらないでいることは、相当の覚悟や見えない苦労が必要だろう。だからこそコウメ太夫の芸には、一種の“様式美”さえ感じるのだ。



 コウメはある時息子に、父が自分であることを友達に知られていじめられたりしていないか尋ねたことがあるという。すると息子からは、「全然ない。逆に(お父さんが)自慢」との答えが返ってきたそうだ。父は息子の自慢であり続けるために、これからも白塗りメイクで「チクショー」と叫び続けるのだろう。
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