東日本大震災から10年、ラジオの原点に立ち返る生特番「東北各地の皆さんの話を聴く」【#あれから私は】

東日本大震災から10年、ラジオの原点に立ち返る生特番「東北各地の皆さんの話を聴く」【#あれから私は】

 ニッポン放送では、東日本大震災から10年を迎える3月11日に特別番組『オールナイトニッポンGOLD~東日本大震災から10年を迎えて~』(後10:00~)を放送。同特番を手がける、コンテンツプロデュースルーム所属のプロデューサー・冨山雄一氏が、震災発生時の局内の様子、ラジオを通して伝えたことなどを語った。



【写真】深夜の『ANN』はサンドウィッチマンが担当



 震災発生時、冨山氏は制作部のデスクにいた。「日曜日から当時放送していた『坂崎幸之助と吉田拓郎のオールナイトニッポンGOLD』のハワイツアーが企画されていたため、その準備中でした。ニッポン放送は首都圏が放送エリアですので、一都三県に向けての情報を中心にお送りしました。特に大規模な停電が起きていましたので、ラジオが情報源というメールがたくさん届いたのを覚えています。そこから数日、CMも音楽入らずにニュースや生活情報を繰り返し、お届けしました。心境としては当時、午前中の時間帯のディレクターをしていたので、リスナーの方に直接お会いする機会が多かったので、リスナーの方の安否が心配になっていました」。



 震災から6日後には、サンドウィッチマンが『オールナイトニッポン(ANN)』(深1:00)を担当した。「オールナイトニッポンに限らず、すべての時間帯で緊急報道が続く中で、当時のチーフ・ディレクターが決断したことです。今、オールナイトニッポンを通じて、気持ちを話してほしい人は誰かとなった時に、いち早く義援金支援を立ち上げたサンドウィッチマンさんがふさわしかった。当時、1週間経った宮城県では東北放送がライフライン情報を繰り返し放送していたのですが、サンドウィッチマンが放送するならと、当時の編成の方が、オールナイトニッポンの放送に切り替えてくれました。逆に、それは避難している先で多くの人たちが聴いている状況が生まれたわけですが、芸人として笑いを交えつつ、しっかりと被災者に寄り添った放送をしていただいたと思います」。



 裏番組からのまさかのエールもあった。「反響はとにかくあったと思いますが、当時はあまりに目の前のことが目まぐるしくあまり覚えていません。ただし、裏番組のTBSラジオのバナナマンさんが『きょうだけはサンドウィッチマンを聴いてあげてください』と呼びかけてくださったのが、今よりも、かなり他局との関係がシビアだった中で、すごいことだったと思います」。震災直後、リスナーからさまざまな声が寄せられた。



 「福山雅治さんが被災者に寄り添うラジオ特番をお届けしたいというお話があり、地震から1ヶ月後となる、4月9日・10日に24時間のチャリティー特番をお送りしました。私はその中で、東北で被災されたリスナーの方に支援物資をお届けするという役割を担ったのですが、魂のラジオ宛に東北地方で被災された方たちからメッセージを読ませていただきました。避難先から現状を送ってくれている方々にお電話でお話を伺いながら、状況を踏まえて、実際に東北地方まで支援物資をお届けさせていただきました。顔も知らない関係なのですが、ラジオでつながっているという1点だけでどこか長い時間を共有してきたような仲間のような意識がありました。そこで知り合った方々とは、10年経った今でも近況を報告させていただく関係を築かせていただいています」



 震災発生時、ニッポン放送から流れていた放送で、改めてラジオの重要性を感じた。「2011年3月11日14時46分、ニッポン放送では上柳昌彦アナと山瀬まみさんが、生放送中でした。有楽町のスタジオが震度5強で激しく揺れる中で、冷静にリスナーに呼びかける音声は広く呼びかけているのではなく、まさにいつも聴いてくれているリスナー一人ひとりに呼びかけているものだと感じました。その後のライフラインに関する情報なども、基本、リスナーに届けているので、パーソナリティとリスナーのメッセージのやりとりも入ったりして、やはりそこがテレビでもネットでもなく、ラジオらしいなと思いました」。



 今回の特番でも、届けたいメッセージがある。「上柳昌彦アナがこの10年の取材の中で知り合った東北各地の皆さんに『今、どう感じていますか?』とシンプルにお話を伺っていきます。ラジオの原点である『人の話を聴く』という部分に特化した特番です。ぜひ、お聴きいただければと思います。
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