ニッポン放送・吉田尚記が語る、ラジオ再評価の背景にある“多様性”「大事なのは否定すること」

ニッポン放送・吉田尚記が語る、ラジオ再評価の背景にある“多様性”「大事なのは否定すること」

 ニッポン放送のアナウンサー・吉田尚記が先月、新番組『ミューコミVR』をスタートし、話題を呼んでいる。同番組では、吉田と声と記憶と考え方が全く同じ部下のVRアナウンサー・一翔剣(いっしょう・けん)がMCに。ラジオと同時にYouTubeにて配信しているのだが、この新たな試みにはどんな思いが秘められているのか。また昨今、不況にあえぐオールドメディアの中で、なぜラジオは若者のリスナーを増やし続けているのか。吉田アナは断言する。「今は多様性の時代。多様性が重視されているからこそテレビではなくラジオなのです!」と──。



【画像】似てる?吉田アナが美青年VTuberに生まれ変わり「一翔剣」に



■ラジオ局アナがキャラクター化し美青年に VRを取り入れ、これまでと全く異なるラジオに



 『ミューコミVR』は3月に終了した『ミューコミプラス』の後継番組。『ミューコミ』シリーズの第3弾となる。「ミューコミ」の「ミュー」はミュージック、「コミ」はコミックのことで音楽や漫画、アニメなどカルチャーに焦点を当てた15年以上続く人気シリーズだ。MCは「HoneyWorks」のヤマコ氏がデザインした一翔剣で、喋るのは吉田アナ。ラジオと同時にYouTube『一翔剣ちゃんねる』でも配信されており、そこでは電脳空間で盛り上がるキャラクターの姿が映し出されている。つまり、いわゆるVTuberの様相も呈しているのだ。



 「一翔剣が生まれたのは2019年。VTuber・電脳少女シロちゃんのイベントのお仕事があり、そこで『よっぴー(吉田)も“バ美肉”すれば?』と言われたのがきっかけです」(吉田アナ/以下同)。“バ美肉”とは、“バーチャル美少女受肉”の略で、要は美しい姿のアバターを纏(まと)うこと。そこで、一翔剣というキャラを作った吉田アナはそのキャラを用いて『ミューコミプラス』をYouTubeでも同時配信するようになった。「番組が新しくなると聞いて、僕は縮小再生産はしたくなかった。これまでとは明確に違うことをやりたかった。そこで、僕が注目しているVRで番組を展開することにしたのです」



 だが、なぜVRなのか。吉田アナは「世界は今、VRの登場でまさに大変革を遂げようとしているから」と答える。「僕は小学生の頃から新聞をスクラップしていたほどのメディア好きですが、VRと出会い、知り、これは圧倒的に新たなメディアが出てきたぞと直感したんです。最近で言えば、iPhone3GSが出た時の感覚。それまではガラケーで十分だと思われていましたが、その後スマホは一気にシェアを伸ばしました。そしてラジオは、最も素早く、時代に適応できるメディアです。これほどのイノベーションが起きているなら、ラジオで扱わない手はないと思ったのです」



■多様性が表現できないテレビのジレンマ 自由なラジオで大事なのは「否定し続けること」



 彼は、とんねるずのオールナイトニッポンを作ったディレクターの言葉を引き合いに出す。「ラジオはすべてのメディアと組める特殊媒体だ、と。テレビと組んでもいいし映画、雑誌、ネットとも組める。当然、VRとも。テレビの登場以来、ラジオは『10年後にはなくなる』と言われ続けました。ですが残り続けているどころか、3月の段階でポッドキャスト(インターネット配信)だけで前年比210%。つまり今、“音声”が見直されているんです。それはなぜか。“多様性”がキーワードになります」



 「テレビは、実は多様性を表現するには向かないのではないのか」と、吉田アナは問題提議する。それはテレビは数十人単位のスタッフがいないと作れないから。これを統率しようとすると、どうしても最小公倍数のものになってしまい、尖ったものを作るのは難しい。一方で、ラジオは極端な話、パーソナリティとディレクターの2人がいれば作れてしまう。意見のまとめが容易な分、最新のことも取り入れやすい。ちなみに吉田アナは、番組とYouTubeの同時配信、Twitter、メール読み、機材やソフトウェアの設定までを、他スタッフを使わずすべてワンオペでこなしている。好きにやっているが、上司や会社から何か言われることもない。低コスト、少人数制だからこそ、“自由”でいられるのだ。



 「漫画もそう。編集者と漫画家で作っていますが、本屋の漫画の棚を見れば分かる通り、努力がすべてという話もあれば、才能がすべてという話もあり、実に多様性に富んでいる。どちらが正しいということはない。編集と漫画家が信じたことを貫き通せばいい。それが結果的に、これほどの多様性を生んできた」



 さらに“否定すること”が重要だそうだ。「ある 天才編集者の言葉ですが、漫画を作る時に一番ダメなのは“○○みたいな”ものを作ろうとすること。『鬼滅の刃』がヒットしたからといって、『鬼滅』“みたいな”ものをめざしてはいけないそうです。大事なのは逆。従来のものを“否定”すること。無難であることもよくない。ラジオのパーソナリティで『今後の動向が気になります』と、当たり障りのないことを言っても人の心に届かない。声高に悪口を言う必要は無いけど、ラジオでは「絶対にこれはやらない」というルールを持っているべきです。少人数での制作だからそれを貫き通せるし、最終的に多様性を生む。そうして漫画もラジオも多様性を手に入れた」



■「ラジオは芸能人の“カップ戦”」伝説的番組を持ち得ることが売れている証明に



 ただし、ラジオにも欠点がある。「ここ何十年もラジオからスターが生まれてない」。吉田アナは業界で最も忙しいアナウンサーとも言われ、いわばラジオ界のスターと言える。しかし、それも「僕はテレビ番組のレギュラーを持たせていただいたり、多くのイベントにも呼んでいただいてします。こうインタビューしていただけたりもするのは、ラジオ以外もやっているから。入口を他メディアに依存しなければならないのが、ラジオの弱点です。」と嘆く。彼はこの要因を、まとめサイトのようなラジオのポータルサイトがないこと、また、ラジオジャーナリストのような存在がいないことと推測する。多様性が最大の強みなのに、その多様性を表現する手段がないのだ。



 しかし、別の不思議な現象もある。タモリ、明石家さんま、ビートたけし、笑福亭鶴瓶など、芸能界のトップにいる人たちは皆、ラジオで伝説的な番組を持っている。「僕はラジオというのは、カップ戦のようなものだと思っています。ラジオだけで天下を獲ってもなにも起きないが、ラジオで伝説的な番組を持っていれば、同じジャンルの人たちから頭一つ抜き出ることができる」



 そんなラジオ業界でいち早くVRを取れ入れた吉田アナは、「VRは民主主義の次の概念」とも喝破する。「民主主義は多数決。つまり少数派の我慢の上に成り立っています。ですがVRでは、気の合う仲間だけの“ワールド”を作り、そこで過ごし遊ぶことが出来る。誰も我慢する必要のない世界がそこにはあるのです」。“民主主義の次の概念”を、ラジオという特殊媒体で表現し続ける吉田アナ。VRによって起きる世界の大変革はもうすでに始まっている。



(文/衣輪晋一)



 



 

 
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