三浦透子ら、カンヌのフォトコールで個性際立つ装い 濱口竜介監督は国際映画祭への思い吐露

三浦透子ら、カンヌのフォトコールで個性際立つ装い 濱口竜介監督は国際映画祭への思い吐露

 フランスで開催中の「第74回カンヌ国際映画祭」コンペティション部門に日本映画として唯一正式出品された映画『ドライブ・マイ・カー』(8月20日公開)の濱口竜介監督、三浦透子、霧島れいか、ソニア・ユアンが現地時間12日、フォトコールと、その後の記者会見に出席した。



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 フォトコールでは、上質感と個性が際立つザ・ロウのワンピースにベストという装いの三浦。霧島は、夏のカンヌに映えるヴァレンティノのオールホワイトのドレス姿で登場。ソニアはピンク色が映える華やかなドレスを着用した。昨夜の公式上映を終え、装いも新たにした3人の姿に海外セレブも多く撮影するカメラマンからも歓声が飛び交った。



 以下、記者会見の内容。



■濱口竜介監督

――製作の経緯について



 まず、こんなにお集まりいただきありがとうございます。村上春樹さんの原作を読んだのは、2013年。もともと知人からあなたの映画と通じる部分があるのではと言われて読みました。実際、自分が映画のテーマとして取り扱ってきた例えば「演じる」ということ。加えて、この作品で一番重要なのは「車」だと思うんですが、自分は移動空間の中で親密な会話をするということを映画でも取り扱ってきたので惹かれるところがありました。



 特に、家福とみさきという2人の登場人物が車という閉鎖空間のなかで、最初は抑制された人間性が、だんだんと開かれていく。そうしたことが原作には描かれていました。それはこの映画でもひとつの核心部分だと思っています。



――キャスティングについて、どのように決定されましたか?



 キャスティングについては、観ていただいた方皆さんが同意してくれると信じているのですが、本当に素晴らしくうまくいっていると思います。キャスティングで一番大事なのは、役に合う人をキャスティングすることだと思っています。それが、すべてのキャストにおいてできたと思っています。インターナショナルなキャスティングをするというのは、実際経験がなかったので、手探りでした。



 韓国に関しては、もともとそこで撮影する予定もあったので、ロケハンもかねてオーディションのような形でやらせていただいた。台湾・フィリピンのキャストはオンラインでのオーディションになりました。オンラインでわかるものか不安はあったが、やっぱりちゃんと顔も声も聴けて、その人の人間性も感じることができたので、結果としてうまくいったと今も思えています。



――本作では、“コミュニケーション””が重要なテーマになっていると思います。



 言葉を使っているから、コミュニケーションができていると思ったら大間違い。というとことはありますよね。むしろ、言葉がコミュニケーションを邪魔しているという側面はたくさんあるのではないでしょうか。言葉によって、情報をやり取りして、細分化していくことはできるけれども、それによって見えなくなっていることがあると、実生活で感じている。



 自分の映画はすごくおしゃべりな映画ではあるが、言葉によってコミュニケ―ションができているという風に描いたことは実はそんなにない気がしている。そういう考えが、この映画の中の多言語劇にもなっているんだと思います。もともと映画は字幕がついて、言葉がわからなくても見ることができる。一方で、今までは映画祭で「彼の演技がよかった」といわれると不思議な気持ちになることがあった。言語がわからないのにと。でも、今回はそうした気持ちがすごく薄れた気がしました。言語がわからないからこそ、直接的に演技の良しあしをとらえられる視点があるのだということをこの作品を通して実感として感じた。



――濱口監督にとって国際映画祭の場とは何ですか?



 国際映画祭というものは、インディペンデントという形で映画作りを始めて続けてきた身にとっては、よりどころ。自分が面白いと思ったものをつくって、それが商業的になかなか流通していかないという苦い思いを初期の段階では味わっているが、映画を作るたびに、国際映画祭の方がより多くの人に見せるべきものだと、言ってくれることはものすごく励みになった。



 それによって劇場公開が可能になった作品もある。なので、国際映画祭が自分を発見してくれたし、育ててくれたという印象を強く持っている。映画祭が自分に対して、求めてくることがあればお返ししていきたいと思う。



■三浦透子

――この作品で自分がなにか開眼した、今までと違う経験や目覚めがあったと感じたことは?



 お芝居をするにあたって、心の状態を作ることによって体が付いてくることもあれば、反対に体に引っ張られて心がついてくることもある。特に今回は、心が体の状態、とりわけ声についてくるということを感じました。



 監督もおっしゃっていたように本読みを中心に音・声に拘っていて「相手の心を動かす声をつくる」ということに時間を使わせてもらっていたのでそういった声を自分でも聞いているうちに、自分自身の心も動いてくるのだと。そういった経験は歌手としての活動の中で経験したことではあるけれど、お芝居で感じたのは今回、濱口監督の演出を受けて初めて感じた発見でした。





■霧島れいか

――この作品で自分がなにか開眼した、今までと違う経験や目覚めがあったと感じたことは?



 撮影に入る前に本読みとかリハーサルを重ねました。その本読みというのも、私が今までやったことな、“感情を入れない”という方法だったので、これをしていてどういうことが起きるのかというのが、始めの頃は自分では理解するのが難しく、ただただ読んでいるだけという作業でした。その中でだんだんとわかってきたことがあって。普段撮影に入る時、何かを“しよう”としてしまうんですね。何かしようしようという気持ちが先に出てしまうことがあるというか、演技をしてしまうというか。それが感情を入れない本読みを重ねていく中で、だんだんそれがフラットに、自然の流れに持っていけるというか、何か自分の中にとても静かな何かが流れ始めるのを感じました。そしてセリフ一つ一つがとてもシンプルで、深くて、扱うのが大切に思えてくるようになりました。



 芝居する前に静かに自分の中で変化が起き始める、そういった経験というのは今まで私の中にはなかったので、とても私は貴重な経験をさせていただきました。このお仕事始めて20年以上経ってますけど、まだまだ経験したことないことや、新しい発見がたくさんあるんだなってことにも気づきましたし、この経験はこれからの仕事へも活かせる、非常に勉強になった本読みやリハーサルでした。この映画に参加させていただいて素晴らしい経験になりました。

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