「大島渚賞」藤元明緒監督「映画は無力じゃない、それを信じて作っていく」

「大島渚賞」藤元明緒監督「映画は無力じゃない、それを信じて作っていく」

 PFF(ぴあフィルムフェスティバル)が2019年に創設した映画賞「第3回大島渚賞」の授賞式が4日、都内で開催された。受賞者の藤元明緒(ふじもと・あきお)監督(映画『海辺の彼女たち』)、審査員を務めた黒沢清氏(映画監督)、ゲストとして大島新氏(ドキュメンタリー監督・大島プロダクション代表)が出席した。



【動画】受賞した藤元明緒監督の作品『海辺の彼女たち』予告編



 授賞式では、黒沢氏よりトロフィーが、大島新氏より記念品が藤元監督に贈られ、審査委員長・坂本龍一氏からのメッセージを審査員の一人でもある荒木啓子PFFディレクターが代読した。



 坂本氏のメッセージは「毎回候補にあがる作品の質が低いことに忸怩(じくじ)たる思いを抱えています」「今回、残念ながら僕には大島渚賞にふさわしいと思える作品はありませんでしたが、幸いなことに黒沢清さんには一つの作品がありました」と、率直で辛辣(しんらつ)なものだった。



 読み上げた荒木氏は「厳しいですね(笑)。けれども、とても正直で、トップクリエイターである坂本龍一さん、黒沢清監督の、創作者としての理想、映画に対する期待のあまりの大きさに、圧倒されました。映画は最も可能性のある創作物で、最も素晴らしいものであって欲しいという願いがお二人には共通してあります。大島渚という大きな理想があり、その名に恥じない人を自分たちは選べているか、その基準があまりにも高いのです。大島渚のように挑戦を恐れない、新しい道を切り開いていくような人のための賞ですから、毎年苦しい審査会ではありますが、続けていきたいと思います」と、大島渚賞の今後に向けて力強く語った。



■藤元明緒監督の受賞スピーチ



 ここに立ってから何を話そうか考えようと思いましたが、緊張しすぎて言葉を出すのが難しいですね。大島渚賞をいただくのは、うれしい、驚きであるとともに、本当に重いものであることを感じます。



 前作を撮った時に、「ドキュメンタリー映画みたいだ」と多くの方に言われたので、『海辺の彼女たち』ではそうならないようにしたのですが、本作もそう言われることが多々ありました。それは演じてくれたフォンさん、アンさん、ニューさんや、日本在住のベトナム人の方々、ロケ地である青森の方々など、全ての方の説得力ある芝居と、その力を引き出してくれたスタッフ、全てが合わさった結果、彼女たちが北国に実際にいるかのような親密さと説得力を持つものになったのだと思います。また『海辺の彼女たち』を信じて上映してくれた全国の映画館の支配人、スタッフの皆さん、観客の皆さん、いろんな力で映画が存在できたと思います。全ての皆さん、全てのご縁に感謝しています。



 この一年間、「映画を観るってこんなに豊かな場なんだ」と実感した一方で、映画を作る、映画を観るというのは、平和な世の中であったり安全な環境であったり、そうしたもので成り立つということを改めて感じました。私事ですが、僕の親族がミャンマーにいたり、僕自身もミャンマーに縁があるのですが、クーデターが起きたり、映画を一緒に作ってきた仲間が捕まったりいなくなったりして、最近のウクライナ情勢などもあり「映画に何が出来るんだろう」と考えた一年でした。



 今の時代に映画作家として、あまりにも立ち向かうものが強大すぎる、どうすればいいんだろうとすごく考えましたが、映画を観てくれた人の思いやりに触れ、本当に勇気が出て背中を押されました。映画は無力じゃない、それを信じて作っていかなければいけない、届けていかなければならないと強く思っています。映画は抵抗の力であってほしい、闇を照らす光、ともしびであってほしいと願っていますし、優しい世界につながる力になるような映画を仲間とこれからも届けていきたいと思っています。



■審査員・黒沢清氏の講評



 大島渚賞とは、挑戦的であること、社会に対する批判の眼差し、映画的なセンスが満ちあふれている、それらがそろっていることがふさわしいと審査員の三人一致していて、理屈でいうことは明確ですが、いざ、値する作品は、どれだろう時に、何本かの作品で議論が白熱することは多々あり、今回『海辺の彼女たち』も議論がありました。



 私はこの作品を観た瞬間に、胸がザワザワと掻きむしられるような不穏な感じが全編に流れていて、随所にハッと思わずスクリーンを凝視してしまう、映画に吸い込まれていく瞬間があり、最終的には、どうすればいいのかと私たちに突きつけられ、凄みを感じる、理屈で検証することは難しいけれど、感覚的にこの作品は大島渚賞にふさわしいと思いました。



 坂本龍一さんとの議論のなかで、これはドキュメンタリーでよかったのではないのか、なぜフィクションである理由があったのかと疑問が出ましたが、作品最後に、主人公がのっぴきならない決断をするものすごいシーンがあるのですが、藤元監督から、主演女優から素晴らしい演技を引き出すためこのシーンを撮るのに2日間かかったと聞き、これは堂々たるフィクションだ、これを選んでよかったと感じました。議論にあがった疑問を引き受けた上で、わたしは『海辺の彼女たち』は、ここ数年の日本映画のなかでトップクラスに値する、堂々と世界に胸を張って推薦できる、大島渚の名前にふさわしい一本だと考えています。



■大島新氏のコメント



 藤元監督の『海辺の彼女たち』はとてもドキュメンタリー的な映画だと各所で言われており、私もドキュメンタリーを監督・プロデュースしており、またメイン館として上映されたポレポレ東中野は私もなじみ深い劇場ですので非常に親近感を感じております。



 『海辺の彼女たち』の受賞理由はさまざまあったと思いますが、本当に素晴らしい作品でした。私が一番感じたのは、父・大島渚も劇映画以外にドキュメンタリーを作っており、その中の有名な作品に『忘れられた皇軍』(1963年)というテレビドキュメンタリーがあります。元日本軍在日韓国人傷痍軍人の姿を描いた作品ですが、その最後はナレーションの問いかけで終わります。「日本人たちよ、私たちよ、これで良いのだろうか?」という言葉で締められています。



 『海辺の彼女たち』はそう声高に言ってはいませんが、ベトナム人の技能実習生の方たちの姿を見て、本当に私たち日本人はこのままで良いのだろうか、と突きつけられる作品でした。藤元監督、素晴らしい作品をありがとうございました。そして、おめでとうございます。

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