出演俳優にとっても「予想外」の連続だった カンヌ・パルムドール受賞作『TITANE/チタン』

出演俳優にとっても「予想外」の連続だった カンヌ・パルムドール受賞作『TITANE/チタン』

 「第74回(2021年)カンヌ国際映画祭」でパルムドール(最高賞)を受賞した映画『TITANE/チタン』が4月1日より日本の劇場で上映が始まった。カンヌの観客や審査員たちが度肝を抜かれた本作の衝撃、困惑と混乱と驚愕を超えた感動が日本の観客にも及んでいる。本作の主人公アレクシアと奇妙な共同生活を送る、消防士のヴァンサンを演じた、ヴァンサン・ランドンにリモートインタビューする機会を得た。



【動画】ヴァンサン・ランドンにオンラインインタビュー



 ヴァンサン・ランドンは、フランスの俳優で、62歳。詳細は下段に記すとして、日本の俳優で例えるなら佐藤浩市さんや堤真一さんような存在。セザール賞主演男優賞(※セザール賞は日本アカデミー賞に相当)やカンヌ国際映画祭男優賞の受賞歴がある。



 『TITANE/チタン』は、主人公のアレクシアがまだ幼かった頃、交通事故に遭うところから始まる。その事故により、頭蓋骨にチタンプレートが埋め込まれた彼女は、<車>に対し異常な執着心を抱き、危険な衝動に駆られるようになる。やがて、自らの犯した罪により行き場を失ってしまった彼女は、消防士のヴァンサンと出会う。10年前に息子が行方不明となり、今は独りで生きる彼の保護を受けることになり、ふたりは奇妙な共同生活を始めるが、アレクシアは自らの体にある重大な秘密を抱えていた──。



 役名と俳優名が同じなので紛らわしいが、消防士ヴァンサンのキャラクターは、監督のジュリア・デュクルノーが、ヴァンサン・ランドンをイメージして、当て書きしたものだったという。ジュリア・デュクルノーは、監督デビュー作『RAW~少女のめざめ~』(16年)で、カンヌ国際映画祭フィプレシ(国際映画批評家連盟)賞に輝き、長編2作目の本作でパルムドールを獲得した才能あふれる監督だ。



 監督は俳優ヴァンサンについて、「私たちは知りあってもう随分長くなります。私は、彼を映画に撮って、私が見ている彼の姿をみんなに見せたかったのです。消防士ヴァンサンのキャラクターは、私の目から見て、ヴァンサンにしかできない幅のある演技を必要としていました。恐ろしいと同時に傷つきやすく、子どものようで腹黒く、深く人間的なのに怪物のようで…特にあのばかでかい身体でね。あの役の準備のために、ヴァンサンは真剣に重量挙げをやってくれました。私は彼に雄牛のように筋骨たくましくなってもらった」と、コメントしている。



 ヴァンサンに、本作で演じた消防士ヴァンサンについて聞くと、「この映画は約2時間あるんだよ。僕は役づくりに2年間かけたんだ。それを2、3分で答えるのは酷なことだな」と、映画本編を観るのが一番であるという正論を返された。と、同時に本作に全力を注いだ自負も伺えた。しかし、本作がパルムドールを獲得したことについては「完璧に意外だった」という。



 「まったくもって予期していなかった。今回の作品は予想外の連続だったんだ。僕にこの役のオファーが来たことも意外だったし、出来上がった映画を観た時も予期せぬものだったし、この作品がカンヌに選ばれたことも意外だった。まして賞を獲ったからカンヌに来てほしい、と電話がかかってくるなんて」



 カンヌ国際映画祭の授賞式当日、ヴァンサンはカンヌから車で8時間ほどかかる南仏の別の場所で、家族とバカンスを楽しんでいたそう。「電話をもらったのは、午前10時ぐらいだったかな。フランスは鉄道で南北には早く移動できるけど、東西の移動は時間がかかるんだ。無理だと思っていたら、ヘリコプターを持っている救命士の友人が、ちょうど用事があってヘリを飛ばすところだからと、僕を乗せてくれたんだ。それでカンヌに駆けつけることができたんだ」。



 本作の受賞は「意外」「予想外」だったが、彼の中でひとつ、確信できたことがあったようだ。



 「個人的な話になるけど、2015年に『ティエリー・トグルドーの憂鬱』という作品で、セザール賞主演男優賞、カンヌ国際映画祭男優賞をとったんだけど、この作品もまたフランス映画の中では“異例”づくしだったんだ。低予算だったし、僕が演じた主人公は、長年勤めていた会社から解雇されて、再就職に苦労する男で、ようやく採用されたのはスーパーの警備員。唯一の救いは、妻とハンディキャップを抱えた息子の存在という作品で、出演しておいてなんだけど、いったい誰が興味を持つというんだ?と思うようなストーリーなんだ。撮影も実験的だった。にも関わらず、僕はこの作品で賞をもらったんだ。そして、『TITANE/チタン』という、これはまた別の意味でとてもハイリスクな作品で、パルムドールを獲った。僕は思ったんだ。僕は、作品を選ぶ時に自由でありたいと思っていて、自分が本当にやりたいと思った役をやる、という選択をしてきた。それは正しかったんだ、と」。



■アガト・ルセルの新人ならではの無鉄砲さを激賞



 ヴァンサンは、共演したアクシア役のアガト・ルセル(33歳)を激賞する。彼女はキャスティング・ディレクターがインスタグラムで発掘した新人で、初主演にして、本作で長編映画デビューを飾った。



 「彼女の素晴らしかったところは、新人俳優ならではの無鉄砲さ。経験が全くないから、その先にどういう危険があるかもわからない。だから何の躊躇なく飛び込んでいける。それがデビューしたての若い俳優のいいところだと思うんだ。彼女の中には初々しいところもあれば、気風(きっぷ)がいいところもあって、自分に与えられた役割をきちんと果たそうという情熱もあった。だからこそ、彼女が演じたキャラクターから希望を見出すことができるんだと思う。ダークな人物像を描きながら、そういう人間だって人生を生きていくことは可能なんだ、ということを体現した。アレクシアのような人物を、陰鬱な人間が演じていたら絶望を感じるだけかもしれないけど、彼女の初々しさ、光輝くような若々しさはこの作品に良い影響を与えてくれたと思う」



 最後に、映画大国で知られるフランスを代表する俳優に「映画の魅力」を語ってもらった。



 「僕が映画に期待していることは、自分のそれまで考えていたこととは違う扉を開いてくれること。自分の知らなかったことを目の前で見せてくれて、理解させてくれて、いろいろ考えさせてくれる。それこそが芸術の役割だと思うし、とりわけ映画はそういう芸術だと思う。自分自身をちょっと変えてくれるような、揺さぶられるような、そんな映画体験を期待している。もちろん娯楽として映画を観るのも好きだけど、映画というのは100%芸術だと思う。自分を豊かにしてくれる体験だと思うし、自分が思ってもみなかったアングルで世界を見せてくれるものだ」



■ヴァンサン・ランドン



 1959年7月15日生まれ。1980年代には多くの映画で助演を務め、ジャン=ジャック・ベネックスの『ベティ・ブルー/愛と激情の日々』(86年)、クロード・ソーテ監督『僕と一緒に幾日か』(88年)にも出演。89年、その年活躍した若手に贈られるジャン・ギャバン賞を受賞した。92年には、コリーヌ・セロ―監督『女と男の危機』でセザール賞主演男優賞に初めてノミネートされる。2015年に『ティエリー・トグルドーの憂鬱』でセザール賞主演男優賞、カンヌ国際映画祭男優賞を受賞。98年の『パパラッチ』では、脚本も担当した。近年の代表作に、『君を想って海をゆく』(09年)、『母の身終い』(12年)『ロダンカミーユと永遠のアトリエ』(17年)がある。

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