“竜兵会”土田・有吉・ひとり、三者三様のトークで上島さん追悼 誰からも愛された人柄が伝わる内容に

“竜兵会”土田・有吉・ひとり、三者三様のトークで上島さん追悼 誰からも愛された人柄が伝わる内容に

 ダチョウ倶楽部の上島竜兵さんが、11日に亡くなった(享年61)。訃報が伝えられ、芸能界でも悲しみの声が広がっているが、14日と15日の2日間にかけて、上島さんが率いていた竜兵会のメンバーである劇団ひとり、土田晃之、有吉弘行がそれぞれ自身のラジオで追悼コメントを寄せた。



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 14日放送のFM FUJI『劇団サンバカーニバル』(毎週土曜 後8:00)内で、ひとりは「どこから話せばいいのか…」と神妙な口調で切り出すと「このラジオでは正直になんでも話してきたので自分の都合で触れないのも気持ち悪いし、かと言ってきのう今日の出来事だから、まだ笑い話にはできない。でもいつかは、笑い話にできるように腕を磨いていくっていうのが、芸人としての一つの課題なのかなという感じがしてる」と前置きした。



 さらに「事情を知らない人もいるかもしれないので、説明しますけど…」と続けたところで、「5月14日、日刊スポーツさんの記事から抜粋します。【市原隼人、撮影現場での鉄壁ルーティン「絶対うどんしか食べない」】」と周囲の予想を裏切る話題に急転換し、上島さんの話題には触れず。共演陣から「いまその話を?」とツッコまれると「そうそう、ショッキングな話だったんでね。僕まだ心の整理がついてなくて…」と続けてボケてみせた。



 15日放送のニッポン放送『土田晃之 日曜のへそ』(毎週日曜 正午)では、土田が「皆さんもご存知のとおり、僕のボスが死んじゃいましてね。この番組でも新年一発目だったり、年内最後の放送だったりにね。毎年、上島さんと肥後さんが来てくれていまして、年に2回は出てくれてたりしたと思うんですよね」と回顧。「(スタッフに)いろいろ調べてもらったりしたんですけど、この番組の最多ゲストが上島さんと肥後さんでということで」と明かし「リスナーの皆さんにも本当にお世話になったということなんで、この番組のリスナーの方々にはちゃんとお話しなきゃなと、この数日は思っていました」と語った。



 続けて「残念なんですけども、僕らの関係性ってすごく不思議だなと思ってて、普通の仕事の人だと、なかなかこういう関係性はないんだろうなと思ってて。特殊な仕事だということもあると思うんですけど、事務所の先輩・後輩って言われるんですけど、最初はそれだけの関係だったんですけど、今はそれだけじゃなく、僕にとって友達だし、恩人だし、親友だしね。あと兄貴だし、親なんで、本当に単純にもう家族なんですよね」と思いを明かした。



 「上島さんが亡くなって、3回会うことができた」そうで病院に行く途中で東京の夜景を見ながら涙が止まらないわけですよ。病院着いたりしても泣いたりしていたんですけど…」など、その後も上島さんと対面した時の様子や、思い出を振り返った。最後は「いろんな話がたくさんあるんですけど、それが笑ってね、話せる時がきたら、またいろんな話がしたいなと思っております」と、声をふり絞りながら「上島竜兵ってね、やさしい男がいたんでね、皆さん忘れないでいてください」と呼びかけていた。



 15日放送のJFN系ラジオ番組『有吉弘行のSUNDAY NIGHT DREAMER』(毎週日曜 後8:00)では、有吉が静かなトーンで「元気出たり、落ち込んだりっていうのを繰り返すね。亡くなった日の夕方に、特別に顔を見せてもらえて。2人…ちょっとなんか悲しいな」と声をつまらせながらコメント。「年のはじめの上島さんが来てくれる放送が1年で一番つまらない回で、そこから面白くなっていって…。まぁーでもきょうが一番つまらないだろうな。あの人のせいだしな。みんな気を使ってくれて、亡くなった上島さんと2人きりにしてもらったけど…ちょっと放送事故になっちゃう」と振り絞った。



 続けて「お通夜の時も葬式の時も、けっこうみんな笑っちゃうようなところがあって。上島さんの葬式らしいなとかね…。最後(妻の)ひかるさんが喪主のあいさつ、気丈にやってらっしゃった時も、ひかるさんらしくて。竜さんが寅さんが好きでっていう話をしようと思っていたんだけど、いきなり『寅さん死んじゃって』って言って、最後の最後に爆笑してね。ひかるさんも最後まで笑っていて、いい葬式だなと思っていたけど…。2人きりにしてもらった時に、お礼の言葉しか出なかったね。なんかツッコんでやろうとか、バカだなと言おうかなと思ったけど、お礼しか出なかった」と話した。



 その上で「家族葬でやろうって決めたんだけど、やっぱりみんな『オレも家族だ』って、いっぱい来るんだよね。やっぱりそれは会いたいよね。あんな人だから。大変だったよ。みんなすごい泣いていたけど、みんなありがとうばっかりだった。各所でありがとうって言っていて。よくありがとうって言う人だったけど、本当にみんなからも感謝されていて、オレもありがとうしかなかったね」と回顧。



 「肥後(克広)さんが元気にずっと頑張ってやっていてさ、出川(哲朗)さんが最後顔見て泣いている時もさ『キスした方がいいんじゃないか』って(笑)。それで、出川さんが『ご時世的にまずいでしょう』って(笑)。『竜ちゃん、コロナ陰性だったから大丈夫だよ』って(笑)。肥後さん、ジモンさん、奥さんのひかるさんが一番つらいんだけど、3人がみんなに声かけてくれて、笑えるようにしてくれて、元気にやってくれていてありがたかったね」と思いを伝えた。



 さらに「形見が置いてあって、そこにオレが贈った時計を大事に飾ってあって。ひかるさんが『竜ちゃん、毎日つけて、毎日枕元に置いて、キレイにして片付けていた』って。だから、本当に…オレもよかったなって思って。そうしたら、竜さんが今年は有吉にお礼で、誕生日にお返しにグラスをね、一緒に酒を飲めるグラスを買って、久々に酒を飲もうと思っているんだけど、怒られるかなって相談していたって、聞いて。もうーほしかったな」と笑いを交えてトーク。「きょうくらいは、上島さんがよく歌っていた曲ですかね」と切り出し、中島みゆきの「ホームにて」を流した。



 三者三様のトークで、生前の上島さんの人柄や芸風が伝わる内容となっていた。それぞれ、番組の模様は、放送後1週間以内は「radiko」で聞くことができる。



 上島さんは1961年1月20日生まれ。兵庫県出身。高校卒業後、俳優を志し上京。その後、お笑い芸人の道に進み、85年にダチョウ倶楽部を結成した。肥後克広・寺門ジモンとともにバラエティー番組で活躍し、「聞いてないよォ」(93年の流行語大賞大衆部門・銀賞)「ヤー!」「ムッシュムラムラ」などのギャグで人気を博した。



 また「絶対に押すなよ!」と言いつつも熱湯風呂に落とされるギャグのほか、帽子を回転させてかぶり直す「くるりんぱ!」、互いに怒りながら次第に近づいてキスをするギャグなど、幅広い世代に親しまれた。



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