庵野秀明氏がウルトラマンの自主制作作品が2Kリマスター 制作陣が“変身”秘話 カラータイマーは「つまようじ入れのフタ」

庵野秀明氏がウルトラマンの自主制作作品が2Kリマスター 制作陣が“変身”秘話 カラータイマーは「つまようじ入れのフタ」

 庵野秀明氏が監督を務めた『ウルトラマン(庵野秀明自主制作版)』(1980年発表)と『DAICONFILM版 帰ってきたウルトラマン』(1983年発表)の上映会が1日、都内で開催された。特技監督を務め、現在はアニメプロデューサーとして活躍する赤井孝美氏と、制作進行を務め、現在はグラウンドワークス代表の神村靖宏氏、アニメ特撮アーカイブ機構の三好寛氏が登壇し、裏話や秘蔵写真を公開した。



【写真】庵野秀明氏が“ウルトラマン”として登場するシーン



 誕生から55周年記念作品として、庵野秀明氏(企画・脚本)、樋口真嗣氏(監督)のタッグで映画化された『シン・ウルトラマン』の大ヒットを記念して行われたイベント。『ウルトラマン(庵野秀明自主制作版)』について赤井氏は「大阪芸術大学映像制作学科1回生の課題として出したヤツ」と明かす。庵野氏は監督を務めるだけでなく“ウルトラマン”として出演している。



 SF好きが集まるSF大会の「DAICON 4」(1983年)に向けて、「TOKON 8」(1982年)で上映するために作られたのが『DAICONFILM版 帰ってきたウルトラマン』となる。「庵野くんの課題をもとに面白いから、これを本格的にやったらいいんじゃないか、と。だから『帰ってきたウルトラマン』」と経緯を振り返った。



 本作には、現在では日本を代表する制作スタッフが偶然、集結。ミニチュアや怪獣などはクオリティが高いものとなっているが赤井氏は「スゴくマジメに作って。『最後に庵野くんが出てきたら大爆笑やろ』って気楽な感じで作った。もっとギャグぽいというか。衣装も作って、怪獣の着ぐるみも作って、本編セットも作って、だけどぶち壊すというか」と当時を振り返る。



 ただ、「庵野くんが絵コンテをカンヅメになって、1週間ぐらい作った。それがスゴいよくて。作るのが大変だった(笑)」と赤井氏。神村氏も「庵野さんにとって初の長編の演出作」と口にすると、赤井氏は「僕らも読めずにやった。僕らも楽しくやっていたんですけど、結局『TOKON』に間に合わなかった」と学生ながら制作に10ヶ月近くかかったという『DAICONFILM版 帰ってきたウルトラマン』を懐かしんでいた。



 また、庵野氏の“ウルトラマン”変身秘話も。自らジャージに銀色のスプレーを塗る庵野氏の写真も公開。神村氏は「ウルトラマン自らが自分の衣装に色を」と明かし、会場は爆笑だった。『ウルトラマン(庵野秀明自主制作版)』は私服のジャージだったそうで、「本格的にやるから銀色に塗ろう、と。帰ってきたウルトラマンだから、線を2重したかったんだよね」と赤井氏も裏話を語っていた。“カラータイマー”は「つまようじ入れのフタ」だそう。赤井氏は「たまたま部屋にあった。今だったらガチャガチャのフタかな」と笑っていた。



 赤井氏は「SF大会の仲間たちには大ウケしましたけど、世の中的にというか自主制作界隈にはあまり相手にされなかった。今でこそオタクっぽさは好かれますけど、『つまんないことをやってる連中だな』と思われていたと思う」と当時を振り返る。神村氏は「エラそうな言い方をすると自主制作のレベルとは違うことをやっている。その時に集まってくれたメンバーもスゴい人がたまたまみたいに結集した」とフォロー。それが大スクリーンで求められて上映。赤井氏は「まさか、こんな未来があるなんて」と感慨深げだった。



 さらに「実は比較的最近マスターの8ミリフィルムが再発見されまして。それを2Kリマスターした。『4Kじゃなの?』という感じかもしれないですけど、元は8ミリですから(笑)」と笑わせながら「2Kリマスターしたので板(DVD)にしたいな」と思いを語っていた。
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