オースティン・バトラー、インタビュー「エルヴィスからたくさんのことを学んだ」

オースティン・バトラー、インタビュー「エルヴィスからたくさんのことを学んだ」

 今月1日より劇場公開中の映画『エルヴィス』を観て、「もう完全にオースティン・バトラーっていう名前覚えたわ!」という人も多いのではないだろうか。同映画で禁断のロックを生んだスーパースター、エルヴィス・プレスリー役に抜てきされたオースティン・バトラー。圧倒的なパフォーマンス、歌唱、そしてなにげない仕草まで、「エルヴィスそのもの!」と、監督・脚本・製作のバズ・ラーマンもオースティンの“エルヴィス”に自信を持っていた。



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 エルヴィス・プレスリー(1935年-1977年)は、「Heartbreak Hotel(ハートブレイク・ホテル)」「Jailhouse Rock(監獄ロック)」などのロックから、「Love Me Tender(ラブ・ミー・テンダー)」、「Can't Help Falling In Love(好きにならずにいられない)」などのバラードまで、数々の名曲で世界中を魅了。世界で最も売れたソロアーティスト(ギネス認定)であり、今でもドラマや映画、CMなどに使われ、誰もが一度は何かしら耳にしたことのある曲ばかり。それがエルヴィスだ。



 ミュージシャンへの影響力も絶大で、エルヴィスがいなければ、ビートルズもクイーンも存在しなかったのでは(?)とさえ言われる。エルヴィスの没後20年にあたる1997年にイギリスで開催されたロックフェスティバル「songs and visions」には、アジア代表として矢沢永吉が出演し、エルヴィスの「Don’t Be Cruel(冷たくしないで)」や「ハートブレイク・ホテル」をロッド・スチュワートやジョン・ボン・ジョヴィらと披露した。影響を受けた人が影響を受けた人をたどっていけば、エルヴィスに行き着く日本のミュージシャンも多いはず。



 そんなエルヴィスの音楽にしびれた1950年代、60年代、70年代の聴衆たちと同じような体験を現代の観客にも――それをかなえてくれるのが、『ムーラン・ルージュ』や『華麗なるギャツビー』のバズ・ラーマン監督によるミュージック・エンタテイメント映画『エルヴィス』だ。



 アメリカ南部のミシシッピ州トゥーペロの黒人居住地域の数少ない白人専用住宅に住んでいた少年エルヴィスは、黒人音楽のリズム&ブルースから多くの刺激を受け、カントリーミュージックを好む白人にも親しみやすい音楽を生み出し、その才能が認められ、1954年「ザッツ・オール・ライト」でメンフィスのサン・レコードからデビュー。徐々に南部で人気を集めていく。



 そして、生涯のマネージャーとなるトム・パーカーと出会い、56年には移籍したRCAからのファースト・シングル「ハートブレイク・ホテル」が初の全米No.1となり、当時最も新しい媒体、テレビを利用してまたたく間にスターダムを駆け上がっていった。



 映画では、全米にエルヴィス旋風を巻き起こした50年代、映画出演が中心となった60年代、そして、ライブに没頭した70年代と、各年代を通してスーパースターの座に君臨した一方で、あまりにセンセーショナルであったことから社会の中傷の的となり、トム・ハンクスが演じる強欲なトム・パーカーとの相克があり、その末に42歳という若さで亡くなったエルヴィスの生涯を、オースティン・バトラーが見事に演じきっている。



■一夜にして運命が変わったエルヴィスとオースティン



 本作のワールドプレミアの場となった、今年5月、フランスで開催された「第75回カンヌ国際映画祭」(アウト・オブ・コンペティション部門に出品)では、上映後、12分間もスタンディングオベーションが止まず、オースティンが挑んだ、ほぼ全編吹替え無しのライブシーンなどを絶賛する声が世界中を駆け巡った。その後、世界各国で公開され、7月4日時点ですでに全世界の興行収入150 億円(=113,520,000ドル/Box office Mojo 調べ/1ドル=135円換算)を突破する大ヒットとなっている。



 エルヴィスが1956年9月に人気番組『エド・サリヴァン・ショー』に初出演し、全米視聴率82.6%を記録した夜を境に、世界で最も刺激的で有名な若者になったように、オースティンもカンヌの夜を境に、映画スターの仲間入りを果たしたのだ。



 6月下旬に初来日を果たしたオースティンに、「今、エルヴィスと同じような、スターダムを駆け上がる感覚を体験しているのでは?」と聞くと、オースティンは次のように答えた。



 「まさに、同じような気持ちですね。本当に今、過去のどんな時よりも“注目されている”という体験をしているわけだけれど、僕はエルヴィスから本当にたくさんのことを学びました。名声とどう向き合うのか、といったこともね。1956年のあるインタビュー記事で、エルヴィスは急に有名になって、いろんなことが次から次へと舞い込んできては流れていく。寝る暇もないぐらい毎日が目まぐるしくて、実際、3、4時間しか寝ていない、と答えていました。僕もエルヴィス役が決まってから、寝る暇がないくらい忙しい日々が続いています。もちろん、バズ・ラーマン監督のようなすばらしい人と仕事ができて、特別な時間を過ごさせてもらっていることに感謝しています。その一方で、ゆっくり眠れる日を楽しみにしている自分もいます(笑)」



 発言の最後の笑いは、心から笑えない感じの乾いた笑いで、本当に大変な日々を過ごしてきたのだなと、察するに余りある。しかし、オースティンの旅は始まったばかりだ。エルヴィスから多くを学んだというが、これからの自分に必要なことは何だと思っているのか、続けて聞いた。



 「今の僕と同じような経験をした、メンターになってくれるような方が周りにたくさんいてくれるといいな、と思っています。そして、自分は俳優をやっています、と言えること自体、すごく幸運なことだし、そのことへの感謝を決して忘れないでいよう、と思っています。この仕事をしているおかげで、世界中を旅して、いろんな人たちに出会って、敬愛する人とも一緒に仕事ができたりするわけだから。



 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019年)でクエンティン・タランティーノ監督の作品に出ることができました。バズ・ラーマン監督の作品にもずっと出たいと思っていたので、夢がかなって本当にうれしかった。この人と一緒ならなんだってするぞ、と思える監督や俳優はまだまだ何人もいるので、そういった方々との仕事を実現していけたらいいな、と思っています」。



 ハリウッドの新しいスターが誕生した作品でもある映画『エルヴィス』を見逃す手はない。
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