「テレビ&興行優先で失敗した過去を繰り返さない」再生したK-1が目指す“100年構想”【中村拓己Pインタビュー】

「テレビ&興行優先で失敗した過去を繰り返さない」再生したK-1が目指す“100年構想”【中村拓己Pインタビュー】

 日本中の視線を集めた格闘技のビッグイベント『THE MATCH 2022』。この大会では那須川天心と武尊による“世紀の一戦”が行われ、東京ドームを超満員&ABEMAのPPV販売が50万件以上など、大きなムーブメントを作り出した。



【動画】『THE MATCH』実現までを語ったK-1プロデューサー・中村拓己氏



 の『THE MATCH 2022』を制作実行委員として開催したK-1といえば、多くの日本人がその名を知っている格闘技だが、ピーター・アーツやジェロム・レ・バンナなどの外国人ファイターと、魔裟斗や山本KID徳郁などの日本人ファイターが活躍して2000年代に大ブームとなったK-1とは、同じ名前ながら運営団体が変わっていることを知らない人も多い。当時のK-1と今のK-1、いつから変わり、どのような違いがあるのか。2018年からK-1プロデューサーとして活動する中村拓己氏(40)に話を聞いた。【全2回の1回目】



■「100年続くK-1」のため、プロ優先ではなく底辺から積み上げるピラミッドを確立



 30代以上の人にとって「K-1」といえば、90年代中盤からテレビ放送され、アンディ・フグ、ピーター・アーツ、アーネスト・ホースト、ボブ・サップら重量級の外国人選手や、魔裟斗ら中量級の日本人選手が活躍した格闘技イベントというイメージだろう。さまざまなテレビ局で放送され、大みそかの中継は高視聴率を獲得していたが、人気選手の引退やテレビ中継の消滅でファンが離れ、2011年に活動休止となった。そこから数年、日本にはK-1が存在していなかったが、現在のK-1を運営する「K-1実行委員会」が名称使用の権利を取得し、14年5月に新たなK-1のスタートを発表。同年11月に現体制で初の大会を開催した。「同じK-1という名前でほぼ同じ競技をやっているのですが、運営組織が全く違うので、中身は全く別物だと考えていただいていいと思います」(中村氏)。



 新たに始まったK-1が掲げたコンセプトは「100年続くK-1」。旧K-1は93年にスタートし、多くの日本人に名前が認知されるほど成長したが、テレビ中継の終了とともに存在自体が消えてしまった。その“失敗”を繰り返さないよう、サッカー・Jリーグのスローガン「百年構想」を参考とし、スポーツとして認知され、ジャンルとして確立し、プロだけではなくアマチュアにも広く普及し、多くの人が携わり、プロスポーツとして長く成功していくことを目指した。



 「K-1を運営していく上で多くの担当者が仕事をしていますが、全員が『100年続くためには、何ができるか』を常に考えていますし、私も最終的に何かを判断するときには、このコンセプトを絶対的な基準としています」



 100年続けるために最初に取り組んだのは、K-1人口の底辺拡大に注力するため“K-1ピラミッド構造”の確立だった。K-1ジムを底辺に、アマチュア、「K-1甲子園」など学生向け大会、プロの小規模大会、中規模大会「Krush」、そして頂点にあるのはK-1というビッグイベント。サッカーや野球など他のスポーツのように、ローカル単位でスタートし、徐々に上を目指して、最終的にプロになるという流れを確立させることを目指した。



 旧K-1は興行優先でピラミッドの頂点だけが大きくなり、選手発掘など下支えするものがなくなった結果、サイクル不順に陥り消滅した。それを反省点とし、新K-1は設立以来から底辺の拡大に注力し、発足から8年が経過した現在ではK-1ジムからピラミッドを駆け上がり、頂点のK-1王者までたどり着いた選手も誕生した。Krushの前半の試合にも、多くのアマチュア出身選手が出場するなどピラミッドが形になりつつあり、中村氏は「次はこのピラミッドを大きくしていく段階に入っていきます」と力を込める。



 「以前までだったら『K-1に出たい』と思っても、何から始めてどうやったらプロになれるのかが明確じゃなかった。街の空手道場に行けばいいのか、ムエタイをやればいいのか、もっと言えば芸能人になって人気が出てから格闘技をやったほうが出れるんじゃないか、とか。そういう道筋も曖昧だったのですが、今だったら近所のK-1ジムに入会して、アマチュア大会で優勝して上の大会に出場する、という大枠が出来上がってきたと思います。K-1ジムは全国に16ヶ所、K-1アマチュア公認ジムも90ヶ所ほどで合計100以上のジムがあり、プロ興行の話題が目立つことが多いのですが、ジム展開やアマチュア大会の開催なども結果が出てきています」



■格闘技ファンから格闘技記者、そしてK-1の“嵐を呼ぶプロデューサー”へ



 K-1プロデューサーとして活躍し、『THE MATCH 2022』では制作実行委員として“世紀の一戦”の実現に奔走した中村氏。元々は格闘技記者としてK-1を取材する立場だった。



「子供の時からプロレスとか格闘技がずっと好きで、大学進学で福岡から上京した当時は格闘技ブームだったのでK-1やPRIDEを会場で観戦していて、自分も格闘技の仕事をしたいと思い、『ゴング格闘技』という専門誌のアルバイトに採用してもらい、大学に通いながら編集部でバイトをやっていました。その後、編集部のスタッフの方が格闘技の情報サイトを新たに作ることになり、そこの社員に雇っていただきまして、本格的に記者として活動を始めたんです。10年ほど働いてフリーライターとなってからも格闘技の仕事を続け、Krushの解説もやらせてもらっていた縁で、2014年にKrushが協力する形でK-1が新体制でスタートするときにも声をかけていただき、公式サイトやパンフレットに記事を書いたり、外部スタッフとしてK-1に携わっていました」



 K-1が成長するに連れてK-1の仕事の比重が増えていき、携わる範囲も増えていくなかで“本腰を据えてK-1を作る側になりたい”と考えていた頃に、プロデューサー就任を打診された。大役のオファーを受けた当時を振り返ってもらうと「あんまり信じてもらえないですけど、電話かかってきたときに、そんな話じゃないかと思ったんです(笑)。事前にうわさとか何もなかったですし、本当に突然の話だったので最初は驚いたのですが、“中村なら任せられる”と信頼されてオファーが来たと受け止めました。自分も30代中盤になり新しいことにチャレンジしたい気持ちもあり、世界で一人しかできない仕事なので、あまり迷わずに引受させていただきました」。



 2018年12月にプロデューサーに就任し、1年目は勉強期間として“プロデューサーとしての仕事”を現場で学んでいった。徐々に仕事を覚えていき、自分なりのやり方を発揮したいと思った2年目になってすぐに、新型コロナウイルスが直撃し、コロナ禍での興行という難しい局面を突き進むことに。そして、2020年の大みそかには武尊がRIZINの会場に電撃来場し、天心と握手を交わして“世紀の一戦”に向けて一気に動き出すという、まさにK-1にとって怒涛の日々がやってきた。「振り返ると、K-1としてもターニングポイントになるタイミングやイベントが多かった」という中村氏に、「嵐を呼んでいるのは中村さんでは?」と意地悪な質問をぶつけると、「そうかもしれませんね」と苦笑いを浮かべた。



■感銘を受けた棚橋弘至の言葉 若手選手の“数字追求”は「個性が出ないので、もったいない」



 かつてのK-1はテレビ中継を中心に人気を広げていたが、現在のK-1はネットテレビのABEMAで中継され、YouTubeで試合や会見動画も公開し、スマホで動画視聴する若いファンに支持されている。さまざまな個性を持った選手が揃っているのも魅力の一つで、試合や会見はもちろん、SNSでも自ら積極的に情報発信を行い、それぞれがファンを獲得しているのも特徴的だ。



 “選手の輝かせ方”について、中村氏は「僕ら作り手側で選手のキャラクターに合わせた見せ方を考えて、場合によっては選手からも意見をヒアリングして『今だったら君は周りからこう見られているから、こういう路線で行ったほうがいいんじゃない?』とか、細かいやり取りをすることもあります。本人が何を見せたいのか、お客さんが何を求めているか、K-1として何を期待しているのか。そういったバランスをうまくとって、みんなが共感できるかたちで世に出してあげたい」と考える。もちろん、選手がもっとも主張できるのは試合であり、会見で予期せぬ発言が飛び出すこともある。そういった要素も考慮し、「100%作り込むのではなく、選手の主義主張も大事にしたい」と語っており、この姿勢がK-1ファイターたちの“K-1愛”を育んでいるのだと改めて気づくことができた。



 元々プロレス好きだった中村氏は、新日本プロレスの“100年に1人の逸材”こと棚橋弘至の言葉に感銘を受けたという。「棚橋さんの本で、『思ったこと言わないと、人には絶対伝わらない。ただ、どう言うか、何を言うか、どのタイミングで言うかっていうのは、すごく考える』と書かれていて。これはプロレスや格闘技だけでなく、発信するうえでとても大事だと思います。選手には思ったことは素直に発言してほしいですが、どんな言葉でいつどんな状況で言うか、しっかり考えてほしいですね」と選手に呼びかける。



 また、若い頃からスマホやSNSに触れてきた20代の選手たちが、メディアに頼らない情報発信術に長けている点を評価しながらも、「その反面で、数字を追いかけがちになり、それによって個性が出なくなっていることも考えなくてはいけない」と分析する。



 「SNSで自分の個性を発信できるのに、数字で跳ねるものを追いかけると似てきてしまう。例えば、YouTubeで不良とケンカすると再生が伸びるから、みんな不良と絡みだすのですが、それが向いてる選手もいれば向いてない選手もいるので、ちょっともったいないなって思います。自分な好きなことを素直に発信したほうがいい選手もいるし、僕らとしても選手の個性に合わせてアドバイスしながら、本人のやりたいこととうまくミックスさせたいですね」



 K-1という競技を確立させながら、競技にこだわりすぎずにエンタメ要素も見せていき、それに興味を持った人がいざ競技として見たときにもおもしろかったと満足し、それがコンテンツとして広がっていく。100年続かせるために、K-1はファンの底辺拡大も戦略的に取り組んでいる。



 インタビュー後半では、K-1人気の立役者である武尊という選手の魅力、『THE MATCH 2022』実現までの経緯、そして無期限休養に入った武尊のいないK-1の今後について、中村氏のビジョンに迫る。



◆K-1 2022年の大会予定

・8月11日 福岡国際センター

・9月11日 横浜アリーナ

・12月3日 エディオンアリーナ大阪

そのほか、Krushやアマチュア大会は毎月開催。8月21日には高校生日本一を決める「K-1甲子園2022」と、大学生日本一を決める「K-1カレッジ2022」も開催される。

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