横浜流星、『ちはやふる』オーディションに落ちて半年間仕事なしも「腐らなくてよかった」

横浜流星、『ちはやふる』オーディションに落ちて半年間仕事なしも「腐らなくてよかった」

 俳優の横浜流星が主演する映画『線は、僕を描く』(10月21日公開)のロケ地となった京都・立命館大学で18日、キャストの横浜流星、江口洋介、小泉徳宏監督の3人が登壇する公開記念イベントが行われた。



【画像】イベントでの江口洋介、小泉徳宏監督らの写真



 同映画は、2020年「本屋大賞」3位、19年TBS「王様のブランチ」BOOK大賞を受賞した、砥上裕將(とがみ・ひろまさ)の同名小説(講談社文庫)が原作。大学生の青山霜介(横浜)はアルバイト先の絵画展設営現場で、白と黒のみで表現された水墨画と運命の出会いを果たし、水墨画の巨匠・篠田湖山(三浦友和)のもとで学び始め、その世界に魅了され、その才能を開花させていく。



■京都&滋賀オールロケの思い出



 撮影は、京都と滋賀でオールロケを敢行。横浜は「空気が澄んでいていやされましたし、ロケ地からパワーをいただけました。今日ここに入ってきて、『僕そこで水墨画描いてたな』といろんな記憶がよみがえってきました。本当に良い場所だった記憶があります」と撮影振り、再訪できた喜びを語った。



 横浜演じる霜介を温かく見守る、湖山の一番弟子・西濱を演じた江口は「最初、ロケ地を鎌倉にするという話もあったんですけど、滋賀になりました。京都で降りてレンタカーで滋賀まで1時間半。そこからまたロケ場所まで1時間ほどかけて、琵琶湖のほとりへ行きました。近江商人の屋敷で撮影したんですけど、庭や建物の大きさ、そのスケールがすごくて、こういうところで昔の人たちは暮らしていたんだ、とイメージが湧きました」と、1年前の撮影の思い出を振り返った。



 小泉監督は「滋賀で6割くらい、京都で4割くらいの撮影をしました。京都はここ立命館大学や結婚式場で撮影させてもらいました。滋賀はロケーションとしては珍しいと思われる方も多いと思うのですが、本当に撮影しやすいんです。京都のような雰囲気も出せるし、どこでもない日本のような景色といった撮り方もできる。京都はもちろん、どこを撮っても京都の雰囲気が出る。滋賀は両方の雰囲気が出せるというのが、撮影する側としてはうれしいですね」と監督目線でのロケ地の魅力を語った。



 困難なことに立ち向かわなければいけない時、新しいことにチャレンジする時に、どのように乗り越えていくかを聞かれると、横浜は「まず僕らの仕事は、挑戦していかなければいけない仕事ですし、そこで立ち止まっていることの方が一番怖いので、一歩踏み出してみて、そこで失敗したら次、成功すればいいし、その失敗は自分の経験にも成長にもなるので、いっぱい失敗して、進んでいけたらいいなと常に思っています」とコメント。



 江口は「いつの間にか時間が経って今ここにいるという感覚が正直なところです。俳優になろうと思ってすぐなれるわけではなく、テレビにも出て、俳優をやりながらも、『俺って俳優と言えるのかな』と思う時期も10年くらい続きました。どんどん新しい役をやっていく中で、自分が変わっていき、気づいたら自分のことを俳優と言えるようになりました。かなり長い時間をかけてきたなと思います。この映画の中でも好きなせりふがあって、流星くん(霜介)がある過去を抱えて影がある役なのですが、何かを見つけようとする霜介に、僕が演じる西濱が『人は何かになろうとするんじゃなくて変わっていくんだよ』という言葉をかけるんです。原作にもあるその言葉がすごく印象的でした。常に模索していくというか、過去にこだわらず前しか見ないで行くという感覚でやってきたという感じですね」と、話していた。



■俳優として本格的に動き出した当時の思い出



 さらに、最初の一歩を踏み出すモチベーションについて聞かれた横浜は、「自分はありがたいことにスカウトされる機会をいただいたので、最初は好奇心が強かったですね。その当時はどちらかというと空手の方をメインにしていたし、自分はいずれ格闘家になるんだと思ってました。でも高校2年生の時に戦隊もののオーディションに受かって、1年間芝居を学ぶ場をいただき、そこで芝居が楽しいなと思いました。そして高校3年生のときに大学進学するか、格闘家の道にいくか、芝居の道を選ぶか迷ったのですが、自分が一番楽しいと思えるのが芝居でした。やはり怖さはありますけど、戦隊ものが終わってからも、それこそ『ちはやふる』(小泉徳宏監督)のオーディションを受けましたが落とされ(笑)、半年くらい仕事がなかったんですよね。あれ、楽しいと思って決心してこの仕事で生きていくぞ!と決めて、半年間仕事がなかったときは、どうしよう…と思いました。でも自分がやるべきことをやっていこうと思い、ワークショップに通ったり、いろいろなインプットをしたりした結果、いろいろな機会をいただけて、今ここにいます。腐らなくてよかったです。あの時」と、俳優として本格的に動き出した当時の難しさや思い出を赤裸々に振り返った。



 江口も「やっぱり現場に行って仕事をいただいたのに出来ないんですよね。でもそこには、芝居が出来ている先輩がいっぱいがいる。ちょっとくらい演技の練習をしてもすぐにできないんですね。その時には時間があったので、殺陣の練習をしたり、馬に乗ったり、ダンスの練習や発生の練習をしたり…何年間かそういう練習をしてきたのですが、『やっぱり向いてないかな』と、少し俺は腐っていたのかもしれないです(笑)。ちょっと無理かななんて思う時期もあったのですが、新しい仕事をもらって演技をすると、またちょっとチャレンジしてみたいなと思わせてくれる。面白い世界なんですよね。大変なんですけど、一つ作品が出来上がると次のことに頭が動き始めて。その繰り返しで、少しずつ自分のことを勇気づけていったという感じですね。そこまでやり続けてきたから今があるという感じです」と、いまだから話せる貴重なエピソードを披露。



 さらに江口は「ちょっと勘違いするのもいいですよね。いけるかもしれない!と。今はすぐにネットですごい才能をもった人が出てくるから、それを見てあきらめちゃう気がするんですが、俺たちの時は何もなかったから、それがよかったのかもしれないですね。人と比べないのは大変だと思うけど、自分がどのように時間を使っていくかを考えていくのが一番幸せかなと思っています。自分と向き合っていく時間が大切なんだろうな、と思います」と、集まった人々へ向けての応援メッセージとも受け取れる思いも語っていた。



 最後に横浜は「僕が完成した作品を観たときは、水墨画の素晴らしさを存分に伝えられるなと思いました。自分も触れてこなかったので、水墨画の魅力ってどんなものだろうと思っていたのですが、監督の演出もあってエンターテインメントとして素晴らしいものとなりました。そして作品を観ると、まわりの人への感謝の気持ちを伝えたくなりましたし、自分と向き合うことの大切さやあたらしいことへチャレンジする人へ背中を押してくれるような作品になっています。是非楽しみにしていてください」と、力強い言葉で締めくくっていた。
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