ザ・ビートルズとインドで一緒にいた男、ポール・サルツマン監督インタビュー

ザ・ビートルズとインドで一緒にいた男、ポール・サルツマン監督インタビュー

 1968年、ザ・ビートルズのメンバー、ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリソン、リンゴ・スターは、インドにいた。世界的に注目を集めたビートルズのインド訪問だったが、彼らは世間から隔絶されたアシュラム(僧院)に滞在していたため、マスコミは近づけず、そこで何をしていたのか詳細を知る人は少ない。



【動画】ポール・サルツマン監督のオンラインインタビュー



 同じ頃、失恋の傷を癒しにアシュラムを訪れたカナダ人の青年がいた。結果、8日間ビートルズと過ごすことになった青年は、のちにエミー賞を2度受賞する映像作家になった。彼の名は、ポール・サルツマン。ビートルズとの奇跡の出会いから約半世紀後、ドキュメンタリー映画『ミーティング・ザ・ビートルズ・イン・インド』(2020年)を制作。日本で9月23日より全国で順次公開されることになり、オンラインインタビューに応じた。



 映画は、サルツマン監督がインドを訪れた経緯、そこで思いがけず出会ったビートルズのメンバーと共に過ごした奇跡のような8日間を振り返る旅を通して、自身が撮影したビートルズの貴重な写真、関係者へのインタビューを交えながら、ここでしか見られないビートルズの新たな素顔を垣間見ることのできる貴重なドキュメンタリーだ。



――1968年当時、ビートルズのことはもちろん、ご存じでしたよね?



【サルツマン】初めてビートルズの音楽を聴いたのは1963年だったと思う(ビートルズは1962年に英国でデビュー)。ダンスパーティーへ行くと必ずかかっていたよ。64年にトロントでコンサートがあって行ったんだけど、1万8000人が叫び続けていたので、演奏はほとんど聞こえなかった(笑)。



彼らの音楽は聞いた瞬間からエネギッシュで、心沸き立たせてくれるものがある。自然と笑顔になってしまうんだ。いまでもカーラジオから流れてくると、ニコッとしてしまうよ。彼らが世界的に成功を収められた秘けつは、彼らの音楽が、僕らに喜びを与えてくれるからではないかと思います。



――そんなビートルズとインドで一緒に過ごして、印象は変わりましたか?



【サルツマン】彼らがインドにいるなんて知らなかったので、ありえないくらい不思議なめぐり合わせで、幸運な時間でした。映画の中でも振り返っていることですが、私が初めてジョン、ポール、ジョージ、リンゴに出会ったのは、ガンジス川とリシケシュの街を見下ろす崖の端にあった長テーブルでした。その時の僕は、最初の瞑想の奇跡を体験した後でした。しかも、アシュラムを訪れてすぐに中に入れてもらえたわけではなく、8日間も門の外のテントで寝泊まりをして、ようやく中に入ることを許してもらえたんです。目の前にいるのはビートルズ!? と一瞬、興奮したかもしれないけど、すぐに自分の魂が私に語りかけてきました。彼らも僕らと同じ普通の人間なんだ、と。だから普通に「一緒にいいかな?」と聞きました。「もちろん」とジョンが答え、「座れよ」とポールが続けたのです。



 それから8日間、彼らと一緒にアシュラムで過ごしましたが、彼らは本物の人格者で、本当にすばらしい人たちでした。その立場におごることなく、地に足のついた、うぬぼれのない優しい若者たちだったという印象です。当時の写真を眺めたり、話しをしたりするたびに、なんて幸せな時間を過ごせたんだと、喜びが湧いてきます。



■西洋社会に“東洋”を紹介したビートルズの影響力



――現地ではビートルズのメンバーの写真を撮っていたんですよね。2000年に「The Beatles in Rishikesh」を出版するまで、その写真を地下室の倉庫にしまったまま、30年以上放置していたというのはなぜですか?



【サルツマン監督】今は、人間の潜在意識がどのように働きかけるのかといったことを学んで得た知識として言えることなのですが、人間は自分が話した言葉のとおりになってしまう。できないと言ってしまったらできなくなってしまうし、できると言えばできるみたいな。無意識の領域もあると思うんですけど、言葉が耳に入ってきて、それを自分の中で受け入れてしまうと、それが刷り込まれて、そういうものだと思ってしまう。



 ビートルズの写真をしまい込んだ時のことははっきり覚えています。帰国後、インドで経験したことをカナダの全国紙に寄稿することになって、書き上げたと思った時に、自分の魂が私に語りかけてきたんです。内なる声を聞いたのはその時が3回目でした。これは時期尚早なのではないか、と。インドでの経験を言葉にするのは早すぎる。インドで経験したことを整理して、自分自身が深く理解してから書くべきなのではないかと。それで、3つのプラスチックの箱に写真を入れて、テープで閉じて、自分で倉庫にしまったんです。その時は、32年後になるとは思っていなかったけど、その時が来るまでバイバイ、という感じで。結果、その存在すら忘れていたのです。



――娘のデヴィアニさんの一言が思い出させてくれたことについては?



【サルツマン監督】私にとっても、ビートルズを愛する多くの人にとっても美しいギフトになったと思います。娘がビートルズの写真のことを言い出した時、私には写真を世に出す気が全くなかったわけです。実際、娘に言われてから写真を見つけるまで、3週間もかかってしまいました。



 見つけ出した写真を娘に見せたら、どうしてインドに行ったの? ビートルズはどんな人だった?と、いろいろ質問されました。これをしまっておくなんてもったいない、みんなに見せてあげたらいいのに、とも言われました。それから1週間、考えました。この写真を公開するべきかどうか。自問自答して、内なる声が、そろそろいいんじゃないか、と答えを出したんです。



――ビートルズのメンバーは、よく写真を撮ることを許してくれましたね?



【サルツマン監督】映画の中でも紹介していますが、彼らと最初に会った時に交わした会話がよかったんじゃないかな。その後も僕は普通の人として彼らに接したから、心を許してくれたんだと思います。ビートルズのメンバーはニコンの高いカメラを持っていて、それぞれ写真を撮っていたから、「僕も撮っていいですか?」と一人ひとりに許可を取って、撮り始めたんです。リバプールの博物館「ビートルズ・ストーリー」に展示されている集合写真を撮った時もだけど、メンバーが持っていたカメラを渡されて、撮ってくれないかと頼まれたこともありました。



――『ミーティング・ザ・ビートルズ・イン・インド』を制作して気づいたことは?



【サルツマン監督】例えば、ビートルズがインドを訪れるきっかけとなった超越瞑想ですが、当時、西洋の人間はほとんど知らなかったわけです。でもビートルズがわざわざインドまで行って修行したというインパクトは大きかった。西洋の人間も興味を持つようになった。ビートルズにそのつもりはなくても、いかに多くの人たちがビートルズの影響を受けて、意識的に変われたと思っているか、ということを改めて感じました。僕もその一人です。

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