インド滞在中のビートルズに会うことを許された唯一のジャーナリスト、マイペースなポールを回想

インド滞在中のビートルズに会うことを許された唯一のジャーナリスト、マイペースなポールを回想

 今年、デビュー60周年を迎えた世界的ロックバンド「ザ・ビートルズ」が、1968年にメンバー全員でインドを訪問した時の知られざるエピソードが満載のドキュメンタリー『ミーティング・ザ・ビートルズ・イン・インド』(公開中)。23日の公開初日から熱烈なビートルズファンが劇場に足を運び、各地で物販のグッズ完売が相次ぎ、商品の追加発注が殺到しているという。特に多くの劇場で限定版ポスターが完売したため、急きょ増刷が決定。パンフレットも好評だ。



【動画】ポール・サルツマン監督のオンラインインタビュー



 同映画を監督し、出演もしているのは、カナダで映像制作者として活躍するポール・サルツマン。彼は23歳の時に心の声の導きでインドへ渡ったが、カナダに残してきた恋人に振られてしまう。失恋で傷ついた心に良いと瞑想を勧められ、北部のリシケシュにある超越瞑想運動の創始者マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーのアシュラム(僧院)を訪れた。そこの先客がビートルズのメンバーだった。彼は、ビートルズと共に奇跡の8日間を過ごすことになる。



 ビートルズのインド訪問はマスコミを巻き込み、世界的なトピックになっていた。ジャーナリストのルイス・ラファムは、サタデー・イブニング・ポスト誌の編集者から「リシケシュに行ってビートルズを取材するか、彼らが何をしているか探ってくれ」と指示され、インドへと向かった。そして、インド滞在期のビートルズに会うことを許された唯一のジャーナリストとなる。



 サルツマン監督は『ミーティング・ザ・ビートルズ・イン・インド』を作るにあたり、ルイス・ラファムに取材を敢行。「あの頃のビートルズは、恐らく、世界中の誰よりも有名だったろう。誰もが虜(とりこ)だった。音楽だけでなく、人柄にも夢中だったんだ」と、当時を回想してもらっている。



 インド訪問のきっかけを作ったジョージ・ハリソンは瞑想とシタールの練習に夢中、ジョン・レノンは開放感の中で創作を楽しんでいた。カメラを片手に動画を撮影していたリンゴ・スターだが、“虫が苦手”でわずか8日間でインドを離れた。メンバーがそれぞれの時間を過ごす中で、最も話す機会が多かったのはポール・マッカートニーだったという。



 ポールの印象について、「ユーモアがあって好きだった。それに煙草も吸っていた。アシュラムではあるまじき行為だったがね」と、語るルイス・ラファム。聖なる地でも自分のペースで時を過ごしていたという。そして、「実に思い出深いのは、彼とバンガローの屋根からガンジス川に見入ったことだ」と、アシュラムからみた悠久なる川の流れは今も心に焼き付いていると懐かしむ。



 アシュラムではたくさんの曲が生まれ、その多くが帰国後に発表されたアルバム『ザ・ビートルズ』(通称:『ホワイト・アルバム』に結実する。「バック・イン・ザ・U.S.S.R.」、「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」「ロッキー・ラックーン」、「マザー・ネイチャーズ・サン」、「アイ・ウィル」などを多くの名曲を生み出したポールの創作の秘けつは、どこまでもマイペースに時を過ごすことだったのかもしれない。
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