24年前の『第1回オラザク選手権』佳作がSNSで再評価、バラバラ無重力ザクが時を超え…「父の本で見て覚えてます!」

24年前の『第1回オラザク選手権』佳作がSNSで再評価、バラバラ無重力ザクが時を超え…「父の本で見て覚えてます!」

 ここ数年、モデラーの制作するガンプラのレベル向上が著しい。その要因は、ガンプラキットの進化や、SNSでのモデラー同士の交流による技術の伝承、そして目標となるコンテストの存在が大きいだろう。今から24年前、『全日本オラザク選手権』(以下『オラザク』)が初めて開催されると聞き、モデラーの悠太ぱぱさん(@JtBbCPZKQ6IGTDJ)は、作品を準備。佳作を見事に受賞し、『月刊ホビージャパン』にも掲載されたその作品を、今年SNSに上げたところ、3000件を超えるいいねを獲得した。SNSもない時代、自身の想像力と技術力を駆使して作り上げた、ザクの“クラッシュジオラマ”に込めた物語とは?



【写真】「細かすぎる!」「物語が見える…」と絶賛の声、作品名『バイバイ セシリア』の意味がわかる造形



■当時画期的だった宇宙空間を漂う“クラッシュジオラマ”



――先日SNSに発表した『バイバイ セシリア』が、3000件を超えるいいねを獲得しました。24年前に『オラザク』(=『月刊ホビージャパン』のガンプラコンテスト)に出品した作品をこのタイミングでツイートしようと思ったのはなぜですか?



【悠太ぱぱ】ツイッター上で、「#最近フォローした方は知らない過去作を晒す」というタグが流れてきまして。過去に何度か公開していたのですが、大昔の作品を再度載せてみました。



――当時、10人しか選ばれなかったという佳作を受賞しましたが、今になってもSNSでもいいねをはじめ、賞賛の声が続出しました。



【悠太ぱぱ】24年前の作品なので、完成時はネットもまだまだ普及していない時代。当時は、行きつけの模型店の店長さんがお祝いの言葉をくれたり、身近な友人が驚き喜んでくれました。でも、SNSで公開したら、プロのモデラーさんやたくさんの方々から「この作品覚えています!」などうれしいコメントを頂きました。ある方からは、「子どもの頃、父が買った本を見て覚えています!」と、親子で私の作品を見てくれていたことは忘れられません。



――そもそも、本作はどういう経緯で誕生したのですか?



【悠太ぱぱ】子どもの頃から読んでいた模型誌『月刊ホビージャパン』で、ガンプラコンテストの開催が発表され、大賞作品は表紙になると知り、コンテスト用に制作しました。



――バラバラのザクと、脱出を試みるパイロットが印象的ですが、このアイデアはどのように発想されたのですか?



【悠太ぱぱ】当時ガンプラの“クラッシュジオラマ”はたくさんの方が素敵な作品を作っていました。ただ、それらは地面に横たわる物ばかりで…。劇中で宇宙戦闘もあったので、まだ見たことのなかった宇宙空間を漂うジオラマを形にしたいと思いました。ただ、無重力をどう演出表現するか、苦労しました。真鍮線をゆるやかに曲げたり、死角になる部分に真鍮線で漂う部品を固定するなど、試行錯誤して浮遊感を表現しました。



――3000件以上のいいねが証明するように、24年の時を経ても全く色あせない作品ですね。



【悠太ぱぱ】ありがとうございます。やはり20年以上前の作品なので技術の未熟さが目立ちますが、浮遊感は表現出来たような気がします。



■ギレン秘書のセシリアとは別人…学徒出陣で駆り出された名も無きパイロットの物語



――作品タイトルにもある、セシリア・アイリーンは、ギレンの秘書と言われており、原作での登場シーンは少なかったものの、その美貌でガンダムファンに強く印象を残した女性です。一見、ザクやパイロットとの関係性がわからないのですが、この光景は、どのような物語をイメージされて制作されたのでしょうか?



【悠太ぱぱ】実はこのジオラマのタイトルのセシリアと、ギレン総帥の秘書のセシリアとは別人なんです。この作品は、連邦軍とジオン軍の戦争で、学徒動員で戦場に駆り出された一兵士の物語。ここで言うセシリアは、故郷のサイド3に残して来た一般の女性なのです。



――どういうことですか?



【悠太ぱぱ】イメージした物語は以下の通りです。アムロやシャアが戦ったテレビ版の最終回・劇場版『めぐりあい宇宙』のクライマックスシーン。その戦場の片隅には、描かれなかったもうひとつの物語があった。被弾し、行動不能になったザクから脱出するパイロット。その目線の先には、なじみの整備兵に故郷に残して来た恋人・セシリアに似せてシールドに描いてもらった、守護女神・セシリアがあった。「バイバイ・セシリア… 今まで護(まも)ってくれてありがとう…」。宇宙を漂うザクのシールドに描かれたセシリアに敬礼して静かに機体から離れる名も無きパイロット。この後、故郷でセシリアに再会出来たかは、皆さんの想像力にお任せします。



――そんな物語があったんですね。確かにシールドには、守護女神・セシリアが描かれていたりと、細かいところまでこだわりをもって丁寧に作られていますね。



【悠太ぱぱ】ありがとうございます。特にこだわったのは、重複しますがザクの浮遊感と、キットに付属しなかった脱出するパイロットの自作です。確か1/100の船のキットの水兵さんを加工しました。小さな人形にヘルメットやバックパックを自作して、ジオン兵に見えるように作るのが大変でした。20年前は便利なディテールアップパーツは売っていなかったので。



――自作だったんですね。今とは異なるガンプラ環境を感じます。本作制作から24年の間、ガンプラも大きく進化すると同時に、ガンプラモデラーの数も増え、SNSで技術や情報の交換、さらに完成作を見せ合うこともできるようになり、レベルもだいぶ上がりました。現在のガンプラブーム、そしてモデラーレベルの向上を、ベテランの域に達した悠太ぱぱさんはどのようにご覧になっていますか?



【悠太ぱぱ】ここ数年、急激に模型というかガンプラを作る方が増えましたね。SNSを利用することで、素晴らしい技術の公開やプロモデラーの方とも交流出来るようになりました。以前では想像出来ないことばかりです。制作技術の発達も目覚ましく、デジタル造形の普及など驚きの連続です。

 私の作品は今のオラザク参加者の方々の作品とは雲泥の差があり、皆さん素晴らしい作品ばかりですが、私としては自分に出来ることを表現していければ良いかと思っています。



――そんな謙遜なさらずとも、ご自身もモデラーとして成長していることと思います。本作を制作したころの自分と比較し、成長したと思うところはどんなところでしょうか? 



【悠太ぱぱ】当時は勢いで作っていることが多かったのですが、20年経っても実はそんなに成長していないような気がします(笑)。今後の課題として、色味でスケール感を出せるようになるのと、見た目も大事ですが、物語が見え隠れするような作品を作れるよう、日々試行錯誤しています。



――試行錯誤の繰り返しで、うまくなっていくものですね。ご自身が、ガンプラを制作するうえで一番大切にしていることをお教えください。



【悠太ぱぱ】「周りに流されず楽しく作る」ですね。



――とても大事なことですね。では最後に悠太ぱぱさんにとって「ガンプラ」とは?



【悠太ぱぱ】広大な世界観を自由に表現出来る、無限の可能性をもつものだと思っています。
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