ドライフラワー女子は恋愛できないわけじゃない! しないだけ!

ドライフラワー女子は恋愛できないわけじゃない! しないだけ!

どうも、松本ミゾレです。好きな野菜はカリフラワーです。

去年か一昨年か、一瞬だけ小耳に挟んだ恋愛ワードに、

「ドライフラワー女子」なるものがございました。


ドライフラワー女子とは、ファッションにも美容にも特に興味がなく、

そのせいで恋愛から遠のいている女性のことを指すそうです。


こういう女性って別に最近になって登場したというわけじゃありませんよね。

こんな呼び名が誕生する前から、そこら中にいたと思います。


ファッション、美容、恋愛に興味がないことを指して「乾燥した花」と呼ぶのは、

僕はなんとなくその人たちに失礼な話じゃないかなぁと思います。

そもそも生き方は他人に委ねるものでもないし、

そういうライフスタイルが性に合う人って別にそこまで少なくないと感じますし。



恋愛を「できない」のではなく「しない」という生き方を理解できない社会


最近、マスメディアではよく「個性」を尊重すべきという情報を拡散しています。

恋愛においては、LGBTなどの性的少数者にも、

自由に恋愛をさせてあげるという気風を広げようという姿勢を感じます。


僕はこの風潮が本当に嫌でして、何かこう、

「社会全体で性的少数者の恋愛を認めてやろう」という傲慢を感じるのです。

はっきり言って普通の男女だろうとLGBTだろうと、恋愛に貴賎なんかないわけで、

社会が認めようと認めまいと、当人同士でよろしくやってればそれで完結していますよね。

余所者がごちゃごちゃ手出し口出しするのは野暮です。

そして近年この野暮をする人が本当に目立ちます。


で、「ドライフラワー女子」と呼ばれる人々を対象とした恋愛コラムなんかも、

ないわけでもないみたいですが、それを見ると、

結局彼女たちに恋愛の楽しさを教えようとしているものも少なくありません。

まるで「ドライフラワー女子」の生き方が間違っているかのように錯覚してしまいます。

僕は人の生き方はそれぞれだし、恋愛をしたい人と、別にしたくない人、

どちらも共存する社会の方が健全だと思っています。


ファッションに消費をしない、恋愛もしない。そういう生き方もあるのに。


 


そもそもドライフラワーの何が悪いの?


女性は花に例えられることが多いですよね。

僕はちょっとこの例えはクサ過ぎるのであんまり好きじゃないのですが、

今回はあえてこの例えに乗りましょう。


花ったって色々あります。

ヒマワリのような笑顔の似合う女性もいれば、バラに例えられる美女もいます。

だったらドライフラワーだって立派な花。

消費行動をしない、恋愛もしない。

そんな女性だろうと花には変わりがありません。


恋愛ノウハウ本を見ていると、ドライフラワーのような女性ならそもそもそんな書籍読まないのに、

彼女たちに向けた恋愛指南や自分磨きの手段についての記述も多いものです。

ドライフラワーに水をあたえても、元には戻らないのに。

好きでそういう人生を送っているのだから、

外野が考える健全な恋愛を体験させようだなんて良い迷惑ではないかと思います。


 




おわりに


恐らく、恋愛をせず、ファッションにも興味のない女性は、

このコラムも読んでいないかもしれませんが、

もしも読んでいるなら、これだけは伝えたいことがあります。


あなたの人生は別に間違っていません。

異性との運命的な出会いなんて、現実ではほとんど起きません。


あなたの周囲にいるカップルも、

言ってしまえば自分の交際相手が運命の相手だと思い込んで付き合っているに過ぎません。

ほとんどのカップルは9割方破局し、その都度悲しい思いをするわけです。

恋愛をしない人というのは、恋愛を楽しめない代わりに、その悲しみを背負わずに済みます。

これは考えようによっては、人生を安穏に送るための一番の秘訣かもしれません。


一般的な恋愛なんて得てしてつまらないもので、場合によってはやらない方がマシです。



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