片渕須直監督『つるばみ色のなぎ子たち』進捗、緻密な時代考証を経て脚本づくりへ

片渕須直監督『つるばみ色のなぎ子たち』進捗、緻密な時代考証を経て脚本づくりへ

 新潟市で15日より開催中の、世界各国のアニメーション映画が集まる祭典「第2回新潟国際アニメーション映画祭」(20日まで)。コンペティションにノミネートされた新作の長編作品や著名作品の上映、トークイベントなどが連日行われている。映画祭4日目の18日には、特別トークとして、片渕須直監督が制作中の新作『つるばみ色のなぎ子たち』について、緻密な時代考証とそれがもたらすもの、そして展望について語った。



【動画】片渕須直監督『つるばみ色のなぎ子たち』パイロット映像



 昨年も新潟国際アニメーション映画祭に参加していた片渕監督。この日は、昨年9月に完成した『つるばみ色のなぎ子たち』パイロット版の上映からスタートした。本作は、清少納言によって枕草子が書かれた平安時代中期が舞台。平安時代は400年ほどと江戸時代よりも長く、初期や後期に比べて資料が圧倒的に少ない。学者すら「一番資料ないところじゃないの!僕は手を引きます」というほどだそうだ。今回紹介された衣装、十二単も現存する彫刻や落書き、書物などから考証を重ねているという。それは「下着を着ていたか着ていないか」といったところから始まり、女房衣裳の設定画も改訂を重ね、書き上げられたのは今年1月だったと明かした。



 さらに、京都といえば盆地のイメージが強いが、実は内裏があった北の方角が標高が高く、1.8度傾斜があったことがわかったという。右京と呼ばれた場所は水はけが悪く人の住めない土地だったことも、当時の地形、等高線やロケハンなどから割り出していった。戦国時代に豊臣秀吉による工事が入り、さらに複雑になっているそうで、「秀吉の杜撰(ずさん)な工事のせいで我々は苦労しているんですよ!」と会場を笑わせた。



 「後は何を復元すればいいのでしょうか!」と片渕監督がぼやくほど、まるでそこに平安時代の人々が生きているかのように緻密に繊細に考証を重ねて、今ようやく脚本段階に進んだという。



 「思った以上に地形とかはかけ離れているんだけれども、やっていることは意外と現代的。(枕草子やその時代は)論文もあるし、本もたくさんあるし、“要出典”ってかかれない、疑わしくないと言われていることを1から調べ直すと違うイメージが湧いてくることがたくさんあります。清少納言自身、すごい活発で勝ち気な人だなんて、実は当時のものの中にどこにも見つからない。(清少納言が仕えた)中宮定子と清少納言が漫画で描かれると大体仲が良いわけですね、なんで仲が良かったのかな、なんていうのを実は考えないといけなかったりするわけです。そうやって『今までこうだったんじゃないの』ということにちょっと合理的な目を向け始めると、ずいぶんいろんなことが変わって見えてきたりするんですね。今まで書いてあったことを疑ってかかってるわけじゃないんだけど、再検証するっていうのが正しい道だと思っています。再検証を繰り返すとどんどん新しい可能性が、別の状況だったのかなと思えてくる」と片渕監督。



 この地道で緻密な再検証こそが片渕監督の映画の持つ力の原点となっているのだろう。「いろんな着ているものが違う、建物の様子が違えば行ったり来たりする様子も変わる。同じように見えているけれど、平面は同じでもそこに高低差があるといろいろ違ってくるだろうな、なんて」と、キリがないようだ。



 「普通だったら脚本をまず書いてしまうんですけれども、大体清少納言が993年からの何年かは見えているわけですよね、すでに。でも細かなところで、この人たちは本当は何を考えていたのかな、あるいはどんなところにどんな格好をしていっていたのかな、なんてことを考えるのを先にやらないと進まない。そろそろそれが終わりの方まで見えてきたので、順番は逆なんですけど脚本という文字のかたちで起こし直すことをやりました。見えてきつつ、また最後の方は、登場人物がリアルな歴史の中ではこんなことをやっちゃって、このままだとお話終われないなと都合のいい台詞を自分で書き足してみて。それでもう一回当時の記憶にあたってみたら本当にその人が改心してたりして。当時の人のリアルな台詞、そういうふうに生きてきたんだということがわかる」と、片渕監督がひねり出したシナリオの束を掲げると場内からは「おお!」と感嘆の声が上がった。



 「紫式部の源氏物語は、紫式部がこしらえたストーリーであるのに対し、枕草子は読んでみると記憶、ですね。自分が心の中に覚えたことを書き留めた、アルバムと言えるかもしれない。その中には本当にリアルな人間たちの気持ちがそのままこもっているような気もします」と話していた。



 最後に、タイトルの「つるばみ色」についても言及。「つるばみ色って、はっきりいうと喪服の色のことです。亡くなった人のリストを作ってみたんですけど、たくさんの亡くなった人の名前が出てきます。こんなに毎日。喪服は一回着ると近親者の中でも父・母・あるいは仕えている主人とかだと13ヶ月着ないといけない。もうずっと喪服着っぱなしじゃんという状況になる。このこと自体今まで思い描いていた枕草子の時代とは全然違っているわけですね」と、題名に込めた意味を語っていた。
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