
異色コラボが生み出すライブ感 「生ならではのリアル」届ける『うたコン』の個性と魅力
テレビの歌番組が花盛りだった70年代から80年代には、「生放送、生演奏、生歌唱」がごく当然のことであった。歌番組には専属のバンドがいて、歌手も生本番ならではの一発勝負。そんな歌い手の緊張感・達成感は、観客の存在を通してテレビを観ているこちら側にもリアルに伝わってきた。今となってはほぼ皆無となったスタイルだが、唯一その「生ならではのリアル」を届けてくれるのが、NHKの音楽番組『うたコン』である。今、この時代に「有観客・生放送」を継続していく意義は何か。同番組が目指すもの、音楽番組制作へのこだわりを、チーフ・プロデューサーの篠原伸介氏に聞いた。【写真】NHK『うたコン』チーフ・プロデューサー・篠原伸介氏■キャリアや年齢差を超えた異色コラボ 生放送で生まれる独特の緊張感が強み「2016年から始まった『うたコン』は、その前身である『NHK歌謡コンサート』が、演歌・歌謡曲を中心軸に据えていたのに対し、そのDNAを存続させつつ、いわゆるJ-POPと呼ばれ始めた頃の大ヒット曲も取り上げています。番組としてはターゲットを絞りすぎず、全世代、老若男女向けの番組作りを目指しています」 近年、この番組で注目されているのが、キャリアや年齢差を超えたアーティスト同士のコラボだ。今年を例にとれば、4月11日放送では五木ひろしとDJ KOOによる「よこはま・たそがれ」、7月4日放送では世良公則と工藤静香が「嵐の素顔」「燃えろいい女」とそれぞれのヒット曲をデュエットしたほか、布施明とTravis Japanによる「君は薔薇より美しい」、そして7月18日には松平健とチョコレートプラネットの共演もあった。こういう異色のコラボはどういった発想で企画されるのだろうか。「世良さんと工藤さんは2005年に「音楽・夢くらぶ』という番組で共演されていて、現在も精力的に音楽活動をされていることから、互いの持ち歌を交換したら面白そうだな、と考えたんです。先日はジブリの曲でお馴染みの井上あずみさんに、『となりのトトロ』の主題歌『さんぽ』を日向坂46と一緒に歌っていただきました。あの曲は日向坂の皆さんも歌詞が頭に入っている曲ですし、そういった世代を超えたコラボが実現できる場になっていけたら、と思っています」 この番組でしか見られないものを、生放送で、しかも観客の前で提示することで、独特の緊張感が生まれる。それが『うたコン』の強みであると篠原氏は語る。だが、ベテランと若手のコラボの場合、互いのスタイルをどうやって擦り合わせていくのだろうか。「布施明さんは、Travis Japanと共演されたとき、『自分たちも先輩方にそうしていただいたように、若い人たちと共演することで彼らの背中を押していきたい』と仰っていました。実は、ベテランや大御所の方は、それこそ70年代の音楽番組隆盛期に、多彩なコラボを経験されているので、コラボは割と前向きに取り組んでくださるんです。NHKでもかつて『ふたりのビッグショー』というコラボを前提にした番組がありましたし、今の若いアーティストにとっては、当時よりコラボする機会が減ったこともあるせいか、新鮮に感じていただけるようです」 また、歌謡曲全盛時代に活躍したレジェンド級アーティストたちの特集も、この番組ならではの企画と言えよう。7月25日に放送された、生誕100年を迎えた三波春夫の特集も話題を呼んだ。「山内惠介さん、三山ひろしさんという現世代を代表する演歌・歌謡曲の方と、三波さんの現役時代を知る五木ひろしさん、細川たかしさんにご出演いただき、ご本人のVTRやエピソードも含めて、後輩歌手が歌い継いでいく、という特集を作ることができました。また、西城秀樹さんの命日である5月16日には、親交の深かった野口五郎さん、岩崎宏美さん、さらに若い頃秀樹さんにお世話になっていたという木梨憲武さん、秀樹さんラバーである松岡充さんにもご出演いただきました」 こういったリスペクト企画、あるいはコラボを見ていて感じることは、まさにジャンルや世代という枠を超え、それを同じ番組で同一線上に並べるからこそ生まれる企画ということだ。「実は我々が今「演歌」と呼んでいるジャンルはかつては、演歌とは呼ばれず「歌謡曲」と呼ばれていました。そしてアイドルが歌う曲もまた「歌謡曲」と呼ばれていました。今、我々が「うたコン」で演歌とJ-POPを同一線上に並べることは、歌番組全盛の時代には演歌もポップスも、同じ土俵で歌われていたという時代背景が大きいからでしょうね。多彩なジャンルの方たちが同じステージに立つ。『紅白歌合戦』も同様の形ですが、それを毎週放送しているのが『うたコン』の大きな特徴と言えます」■番組のアイデンティティとしての専属バンド 新旧織り交ぜた生ならではの臨場感が味わえる そして『うたコン』の個性を決定づけるのは、米米CLUBのフラッシュ金子が指揮を務める番組専属バンド「music concerto」の存在だ。現在ではほぼ皆無と言える番組専属バンドを起用する理由は、どこにあるのだろうか。「有観客で生放送をベースにしているので、オーディエンスの声援や拍手に、アーティストが応えようとする。それが掛け算になっていくというのは今、他ではあまりないスタイルです。そこに生バンドの演奏が加わると、出演アーティストにとってもよりライブ感が高まり緊張感も出る。彼らは凄腕のスタジオ・ミュージシャンたちで、忙しい方ばかりですから、毎週、完全に同じメンバーというわけでもないのですが、そこをフラッシュ金子さんが束ねてくださっています。『歌謡コンサート』の時代はニューブリードが演奏していましたが、彼らは演歌・歌謡曲を主戦場としていました。でも、『うたコン』になって、歌われる楽曲も多岐に渡ることになりました。最近パフォーマンスしていただくことが多い80年代から90年代のヒット曲は、「music concerto」のメンバーもミュージシャンとして駆け出しの頃に演奏していたり、音楽家になる前、多感な時期に触れていた楽曲が多いせいか、みなさん実に楽しそうに演奏してくださいます」 現在のアイドルグループは、歌番組はもちろん自身のライブでも生演奏の形を取らないのは普通のこととなった。「聴き慣れたCDの演奏と違うということは、ファンの方は瞬時にわかりますし、SNSには『あの曲の生アレンジ、めっちゃカッコいい!』という感想がアップされます。アレンジャーの方は大変な作業を強いられるし、生演奏がベースではないものでも、ブラスや弦を重ねて演奏することもある。アイドルの皆さんも、自分たちのライブでもやらない形ですから喜んでくださいます。普段と違う特別感が出せますし、今や『紅白歌合戦』でも姿を見なくなったレギュラーバンドの存在は、それこそ我々の番組の大きなアイデンティティでもあるんです」 歌番組全盛時代のスタイルを継承する、今や貴重な音楽番組である『うたコン』。篠原氏に、今後の番組の展望を聞いた。「やはり、公開生放送でお届けすることでライブパフォーマンスならではの臨場感を出せることが我々の強みだと思っています。もちろん今の楽曲をしっかりご紹介する使命もありますが、加えて、戦後日本には文化財産としての歌謡曲、ポップスがある。今の時代、昭和歌謡やシティポップなどを若い人たちも好んで聞いており、特にサブスクリプションの時代になってからは、新旧織り交ぜて楽しんでいる傾向があります。その点は僕らの番組と親和性があるな、と感じています。そういった『うたコン』ならではの強みを活かしつつ、若い方には『こんなにカッコいいアーティストがいたんだ!』と発見していただけるし、『この人、お母さんのアイドルなのよ』(笑)などと、お茶の間での話も弾むでしょう。そういう場であり続けたいし、そこを目指していきたいと思っています」文・馬飼野 元宏
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